沈黙が痛くて、何かなんでもいいから声や音が欲しいと思って手首を動かすと甲高い金属のすれる音がした。昔みた宇宙の本に載っていた土星のわっかみたいに私の手首の周囲を囲む銀色の輪が鳴った音だった。それを見ても息が詰まって苦しいだけなのに、沈黙が終わったことに安堵したからなんだか皮肉だ。思い出したら沢山の星や惑星がきらきら溢れていたあの本がまた読みたくなったけれどどこに仕舞ったか思い出せないしここはわたしの部屋じゃないから思い出しても手にとることはできない。がしゃんがしゃんと音が鳴り続ける。無理に引っ張ると輪が手首から手のひらに移行する部分に突っかかって傷んだ。鋭いような鈍いような曖昧な痛みが感覚を震わせた。わっかの先はそこそこ頑丈そうな鎖を伝って柱に繋がっている。外れはしないかと軽い気持ちで、勿論絶対に外れないことは知ってて、だからこそ腕が痛みを訴えて千切れそうになる限界まで引っ張ってみた。がりがりと親指の付け根の先の肉が削れる。血が滲むのも構わず黙々と削り続ける。がしゃんがしゃんがしゃんがしゃん。掻き消す掻き消す掻き消す。血が増した手首に途方も無い憎悪をこめたところで暗い部屋に薄い光が差し込んで、息を呑んだ。光のもれるところに立っている彼に笑いかけるかどうか迷ったけど上手く口角が上がらない。やっぱりこの人には暗闇のほうが似合うのかもしれないとぼんやり思った。繕うべきだと分かっていたのにそうしなかったのはそうすることで終わってしまうのが恐かったからなのだろうか。意識が膨張と収束を繰り返して形を変えて感情さえ分からなくなっていく。

「…逃げるのか?」

閑雅に近づく彼の口元は皮肉げに笑っているけど、隻眼の黒い瞳に浮かんでいるのは間違いなく殺意で。堪えきれずに背筋が震えた。それでもできる限りゆっくり首を横に振って息を吐く。跳ねるように泣く心臓を落ち着かせようとするけど下腹部に衝撃が走ったからそれどころじゃなくなった。蹴られた、と事実を受け入れてこのまま倒れたら追い討ちをかけられると理解していたけど上手く身体が動かなくて脇腹を踏みつけられる。咳き込む苦しさとじくじくと広がる痛みが視界を翳ませた。 わたしと彼には相違があってそれが彼を苛立たせて(ひょっとしたら追い詰めて)いるのだとわかっているけど今まで以上にわたしができることなんて無いのだと思う。どれほど想ってもずれているのだから仕方が無い。完全を求めているわけではないだろうけどそれでも均衡や丁度良い具合に真っ直ぐ重なる均一を求めているのならどこまで行ってもどこにもゆけない。
脚を割られて強引に捻じ込まれて痛みに身をよじって段々と漏れる嬌声と涙に失望するのも慣れてしまって彼の名前を呼ぼうとすると彼が拳を落として血が溢れて口を塞がれてわたしは彼を見て彼は眉を潜めて感情を押し殺した無感情でわたしを見下ろして殺された感情の骸を掴むこともできず足の先が震え悦楽が背骨を軋ませて子宮口に掛かった粘膜のゆきさきを考えてみたりして悲しくないように世界を閉じた。何も言わない彼は沈黙を求めていてわたしは沈黙を壊そうと足掻いていてだとしたらあまりにも遠すぎるからだからこれが結果なのだと思う。彼の手がわたしの手を掴んで手錠が叫ぶ音がしたけどすぐに消えてしまった。