「同情、してるんスか」
噛み締めるように少女が言った。万斉は仕方なしに頬を撫で涙を拭っていた手のひらを下ろす。こういうときは黙っていたほうが得策だと知っていたので黙って淡い金髪を見ていた。その奥に覗く伏せられ潤んだ瞳も。すぐに言葉が繋がれることはなかったけれどこの沈黙を破ってはいけないと思った。彼女を傷つけるのは簡単だったが、ほんの少し恐れていた。来島にとってのあの男以外の世界の全ての価値を知っていたからかもしれない。取るに足らない自身の価値は弁えていた。しかし、来島はあの男の世界を受け入れるのは容易いことではないらしい。諦観できないというのも、ひどい絶望だ。終わりがないからなおさら救えない。
「惨めだって、分かってるけど、どうすればいいのか、分からない。すき。くるしい。でもすき。」
ぽつりぽつりと、しかし切々と、薄く淡い彩をした唇から漏れる言葉は綺麗だと思った。流す涙も、それを溢れさせる、快晴と同じ色をした瞳も。だからきっと駄目だ。あの男が求めているのは醜いものだろうから。目を背けるような醜悪な塊だろうから。憎しみのないものを信じきれるほどのものを捨てて、鋭利な切っ先を自身の中に埋め込むことでしか保つことが出来ない。そんな生き物に成り果てた。それは万斉も同じであったがそれゆえに安堵していた。
「大丈夫。きっと晋助もいつか分かってくれるでござるよ。」
そんなことあるわけがないと思いながらしゃぁしゃぁと嘘を吐く。その嘘を信じるでも否定するでもなく、来島はただ俯いて涙を拭った。それをみて、きっと近い未来あの男はこの少女を疎ましく思うようになるだろうと万斉は思う。いや、もうなっているのかもしれない。その嫌悪は道を踏み外した愛情だ。悲しいことに。立脚点が違うのだから同じものを同じように分かち合えるはずが無い。彼女の想いは毒のようなもので。無垢は残酷で、愚かで、曇りの無さは人に耐え難い自責と憎悪を与える。当然のように、だからこそ横柄に。愛が憎しみで、憎しみが愛で、できていることをこの子どもは知らないのだろう。不安定なバランスで絡み合った愛憎を、見ようとはしないのだろう。
来島が両手いっぱいに零れ落ちるほどに抱えるそれは万斉や高杉のような人間からみれば得体の知れないおぞましいものでしかない。真っ白な世界に今か今かと汚点が迸るのを期待し、半面怯え続けなければいけないだなんて。酷い地獄だ。彼女は突き落とすばかりで、救うことはできないだろう。相反するもののなかで、相違を蔓延させるのは悲しいばかりで先が無い。
項垂れた柔らかな金糸に触れる。頭を撫ぜると、戸惑うように来島が顔を上げた。手のひらを滑らせ長い髪を梳く。微笑むと潤んだ瞳が一層、揺れた。あぁこのままずっと愚かでいて欲しい。何も知らずに傷ついていればいい。無知な残忍さで愛情という刃で愛するもの共々傷つけばいい。
(それが自分に向けられることがなければずっと彼女を愛してゆける)
薄暗い確信を持って思う。こうして、美しい涙を拭って、零れる言葉に聞き入って。疑心も怯懦もない。不安がることもない。不安を抱けるほどのものさえ手元にはない。愛されたいという受動的な欲求がないわけではなかったが、それを満たそうと願えば暗澹としたものに足を捕られるのは分かっていた。求め、餓え、掻き毟るような劣情に、悲壮な焦燥に悶えるぐらいならば、何も得ないほうがよっぽどマシだ。希望がなければ絶望なんて、遠い。