銀さんが路地裏で金髪女とキスしてた。
 という目撃談を誰にも言えないまま3日が過ぎた。神楽ちゃんも新兄も知らないみたいだし、それどころか「あんなマダオが女と付き合えるわけがない。どうせ今までの恋愛だってろくでもないただれたもんだったに違いない、ヤクザの女に手だして池に沈められたり」と散々なことを言われてた。それにはオイラも同意見だけど。

 銀さんの後姿を見つけて、声をかけようと思ったらふらっと薄暗い路地裏に入っていった。また行方不明の猫探しでもしてるのかな、だったら手伝ってあげてもいいけれど、と後を追って覗き込んだら女の人と抱き合っていた。状況を把握する間もなく薄暗がりの男女はキスをしたので反射的に身体をひっこめた。見てはいけないものを見てしまったという動揺に心臓がばくばく暴れまわる。秘密を覗いた薄暗い興奮が訪れるより先に、女の髪の色が闇夜に輝く月色だったことにはっと気づいて、慌ててもう一度覗いたけど、ちらと伺ったそのかんばせに、傷跡はなかった。

 ちょっと付き合ってよ、と銀さんを団子屋に連れ出した。もちろんお前の奢りだよな、と言いながら銀さんはみたらしを3つ頼んだ。そんなこといいながらオイラには出させずにかといって自分も出すわけではなく、ツケといて、なんて言ってやりすごすんだろう。お店に着いたとき、店主が「この間はありがとうね」って言っていたから、ツケはお金じゃなく万事屋の仕事で払ってるのかもしれない。
「で、なんだよ」
「この間キスしてた女の人誰?」
 下世話な調子でにやにやと尋ねる銀さんに直球でボールを投げた。
「ああ、まゆみちゃんねー。はめっこクラブの。営業でキスしてくれんだからすげーよな。お前も今度連れてってやろうか?」
「そういうつまんないごまかしいいから」
 あ、なんか浮気を問い詰める女みたい。とちょっと恥ずかしくなった。別に銀さんが話したくないと思えばオイラに話す必要も義務も何もないのだから、このまま答えをツケにされて誤魔化されたって何か文句が言えるわけでもない。だけどこれは、ただの好奇心だけじゃないんだということは自信を持って言える。
 第一、あれは営業なんて感じではなかった。オイラだって伊達に花街で育ってるわけじゃない。この人たちは上辺だけの付き合いなんだろうな、とか、こっちの人はどうやら本気で入れ込んでいるらしいなとか、成就する気のない片想いをしてる人のこととか、全部勘だけど、なんとなく分かる。答え合わせのしようがないから、それが本当に当たっているかどうかはわからないままだけれど。
 丁度団子が届いて、銀さんは空白を埋めるようにそれを食べた。今団子を食べていて口が忙しいので答えられません、という風に。オイラは待っているのがまどろこしくなって構わず続ける。
「神楽ちゃんも新兄も知らないみたいだし、こっそり付き合ってるの?なんで?」
「大人には色々あるんだよ」
「オイラだって好きで子どもでいるわけじゃないよ」
 なるべく子どもの駄駄に聞こえないように気を付けて言ってみたけれど、そもそもこういう言葉自体が子どもっぽいのかな、と少し後悔した。
「色々あるってことはやっぱりただれた大人の火遊びみたいな感じなの?だから誰にも言わなんだ。紹介するほどの相手じゃないんだね。モテないモテないって言いながら銀さんけっこー遊び人だなー。」
 後悔を吹き飛ばすように、馬鹿みたいに明るい声が出た。
 ああそうだ。きっとそういうことだ。月詠姐に言いつけてやろう。あいつはほんと最低だよ駄目な奴だよ、って。それで月詠姐は眉をひそめて呆れるだろうな。どうしようもないな、晴太はあんな男になるなよって言うに違いない。でもそのあと部屋でこっそり泣かれたら困っちゃうな。オイラ、慰めになんか行けないよ。傷つけたのはオイラだし、なにより子どもだもの。
 ちがう、と声がした。
「俺が遊ばれてんの」
 悲しげでも自虐的でもなく、ただ何のこともないように言うと、すぐにまた団子を食べた。オイラも団子を食べた。二人とももぐもぐと口を動かしているから、続きが言えない。だから話はこれで終わった。
 銀さんはやっぱりオイラにお金は出させずに、ツケといてと店主に言ったけど、オイラは頑なに支払いを譲らなかった。今月のお小遣いが削れるのは痛いけれど、これはやっぱり譲れない。銀さんも特に宥めたりはせずに、ごちそーさんと言ってへらりと笑う。子どもの大人ごっこに付き合ってあげる大人。
 そのあとはまったく別の他愛のない、すぐに忘れてしまうような話をして、またね、と言って、オイラは家に帰った。
 晩ご飯は月詠姐も一緒だった。寺子屋での面白かったこととか今度のテストが憂鬱だとかそういう話をした。今日あったことは話さなかった。
 月詠姐が帰った後、なんだかすごく心のなかがもやもやして、衝動的に叫びたくなって、だけどオイラは大人じゃないからそういう気持ちを表す言葉を知らなかった。けれど子どもで居たいわけでもないから、感情のままわめきたてることもしなかった。
 溢れてしまいそうなものをぎゅーっと堪えていると、デザートにって母ちゃんが林檎を剥いて持ってきた。母ちゃんはなんでもお見通しで、そのたびに、オイラはやっぱり子どもだと思い知って、でもこういうことがほんとうに幸せなんだと、知っている。

 抱き合ってキスをする二人はどうしようもなくお互いを求め合うようで。でも遊ばれてるんだって。そりゃあしょうがないね。可哀想に。オイラは子どもだから、よくわからないけどね、隠れてこそこそ会わなきゃなんない男女の関係なんて。ま、本人がそう言うんならいいように遊ばれてるんじゃないの。かっこわるいなあ。ああいう大人にはならないようにしよう。早く大人になって、好きな子を、ううん、色んな人を護れるようになって、それで、もしその子が別の男に片想いをしてたらオイラにしなよって言うんだ。ああ、ほんと、どうしようもない。
 女の顔に傷跡がなくて、月詠姐じゃなかったって知ったとき、ほっとしたし、同時に悲しかった。

 銀さんのこと好きだよ、神楽ちゃんも新兄も母ちゃんも月詠姐もオイラだって。それは銀さんが身を挺して助けてくれるからってそれだけの理由じゃないんだよ。あんたの駄目なところだって全部好きだよ。銀さんが自分で許せないような部分も、嫌悪している部分も、ひっくるめて、好きなんだよ。ぜんぶ大切にしたいって願ってるんだよ。
 だから、月詠姐が、他の誰かが、もし銀さんに好きだって言葉にして伝えた時に、その気持ちを遊びなんて、そんなものにしてくれるなよ。頼むから。




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