河上万斉という男はまったく神出鬼没でこれっぽっちも意図が読めずわが道をゆくと言わんばかりに飄々としているところもそうだが何より高杉との距離がやけに近いところが(なんといっても軽々しく「晋助」なんて呼んでいるのだ!様を付けろでこすけ!)なんだかいけ好かない。というのがまた子の正直な心象だ。だが、万斉の方はまた子に対してこれといった反感も戸惑いもないのかいたって気軽に声をかけてくる。むしろ友好傾向。当然新入りの立場であるまた子は無下に扱うことなどしないがどうも居心地が悪いし、まったく噛み合わない。

「昨日も、突然『幕臣の誰それが気に食わないと聞いたが』って突然話しかけられて、しかも背後から。いっつも背後なんスよ。気配消して。で、こっちの返事も構わず1人で納得してどっか言っちゃうし。その『幕臣の誰それ』ってのもテレビでたまたま見かけて腹立つこと言ってたから隊の誰かに死ねばいいとか言ったかもしれないけど、もう名前も覚えてないっスよ。あとアイドルには興味あるかとかも急に聞いてくるし。興味あるように見えるんスかね。っていうかあの人自体アイドルに興味あるんスか?」
「さぁ」
 突然部屋に押しかけはじまったまた子の長口上の愚痴に対して、武市は気のない返事だ。手元のなにやら小難しそうな本から目をそらさない。また子は分かりやすく顔をむすりとさせる。
「私の話聞いてないスね」
「小娘の愚痴を聞くほど私も暇じゃないんですよ」
「晋助様は『なにかあったら武市に言え』って仰ってたっス」
 はぁ、とこれ見よがしに溜め息をつくと武市は本を閉じ、また子に向き直った。面倒ごとを押し付けた高杉への不満はあるものの言葉にする気はないのだろう。御輿に担ぎ上げた人間を非難するほど愚昧な男ではない。そして、あからさまに追い出さない程度には面倒見も良い。
「あの人はあなたと上手くやっていきたいと思っているようですよ」
「隊内の調和とかそういうの気にするタイプには見えないんスけど。なーんか、我関せずマイペースって感じ。」
 口に出したことで改めて考えてみると、そのマイペースが齟齬の根源なのだ。交渉役を務めているのにあんな調子で大丈夫なのかと心配になるが、自分のペースで相手を引き回してとどめに丸め込むという点ではかなり有能なのかもしれない。
「なかなか繊細なタイプに見えますけどねぇ。あなたと違って。」
「あー確かにロリコン変態と比べるとぜんっぜん繊細でマシな先輩かも」
 売り言葉に買い言葉。また子が口を尖らせるが武市はこれで義務は果たしたとばかりに背を向け、閉じた本を再び開いた。意固地になって邪魔をしたいというわけでもないのでこれ以上の問答はせずにまた子は素直に立ち上がった。


「また子」
 武市の部屋からの帰り、自室の扉を開けようとした直後。気配も前振りもない突然の呼びかけにガンホルダーへ向かいそうになる手のひらを刹那の理性で宥めてまた子はぐっと息を飲み込む。晋助様にだって名前で呼ばれたことないのに、と苦々しく振り返ると概ね予想と違わぬ男の姿。長身に似合う丈長のコートは和装ばかりの中では異質だ。もっともまた子自身も傍から見れば同じようなものなのだろうが。
 ひとつ予想外だったのが、左手から下げている白い紙袋だった。やけに大きい。また子が何気なく見つめていると、おもむろに差し出される。
「プレゼントフォーユーでござる。納めてもらえぬか。」
「えっ、なんで?」
 思いもしない場所からの投球に不信感を全力で露にしてしまった。さすがに失礼だったかと慌てて口を閉じて顰めた顔をややにっこりと微笑んで取り繕ったがそんなまた子の様子を気にした風もなく万斉は続ける。
「誕生日プレゼントということで」
「……結構前っスけど」
「拙者その間はここを留守にしていたもので」
「あ、そっか」
 興味が無いのですっかり忘れていたがそういわれてみれば居なかった気がする。交渉役はなかなか忙しいのだろう。それに聞くところによると副業(こちらとそちらのどっちが本業でどっちが副業だかは知らないが)もしているようなのできっと馬車馬のように働いているに違いない。まったくそうは見えないが、きっとそうなのだ。誕生日も、思い返せば尋ねられたことがある。わざわざ覚えていてくれていたとは想像していなかったが。
 所詮また子にとって万斉とはなんだかいけ好かなくて噛み合わなくて居たか居なかったかも覚えてない程度の存在であるし、正直誕生日自体どうでもいいものである。これまで生きてきた中で特別気にしたこともない。それなのに贈り物など貰っていいのだろうかと申し訳なさを感じてしまう。おずおずと万斉を見やるが、まったく感情が見えない。サングラスに無表情。はっきり言って、胡散臭い。顔が妙に整っているあたりがその胡散臭さを助長させている。
 その上、贈り物にみせた爆弾を送りつけるテロを桂一派が好んで使っていたなぁとふと思い出してしまった。あまりにも最悪の発想に流石に若干の自己嫌悪が胸を刺した。仲間を疑うなんて、いくらなんでもそれはあんまりだ。
「じゃ、じゃあせっかく、だし、ありがたく頂戴します」
 こわごわと両手を出すと、万斉は袋から中身だけを取り出して渡してくれた。渡された箱は意外と重い。正方形のそれはパステルカラーのピンクとみどりのストライブルの包装紙で包まれていて、金色のリボンで四方が結ばれている。なかなか女の子ウケしそうな配色だ。そこんところは分かっているらしい。
「遅くなったけれど、おめでとう」
 言葉とともにぽん、と頭に手を乗せられた。驚く間もなく、そのまま、くしゃりと撫ぜられる。おめでとう、という言葉がやけにあたたかくて胸に滲んでいくので、戸惑う。ぐぐっと、どこからともなく熱が湧きあがってくるのが分かる。
 こんなのてんで子ども扱いで、普段ならば自尊心が唸るところだ。なのに、今はただただこそばゆくて耳の裏側が少し熱い。頭をなでられたのなんて、ずいぶん久しくて、切ない気持ちと甘い気持ちに揺さぶられて、ちょっとだけ、泣きそうになった。
(そんな、誕生日なんて、くだらない)
 そう思った。思っていた。けれど。
 ひょっとして今まで誰かに祝われたかったのかな、と急に気弱になってしまう。その気持ちを振り切るように、あわてて俯き加減の顔をあげた。
「あのー、できたらもうちょっと自然な感じで話しかけて欲しいんスけどっ」
「自然?」
「後ろから声かけるときは気配を消さないとかそういう、なんていうか、警戒しちゃうんで」
「そうか。だから毎回左手が銃に向かっていたんでござるな。」
 気づいてたのかよ!!と心の中で叫びつつ、馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。河上万斉という男はまったく神出鬼没でこれっぽっちも意図が読めずわが道をゆくと言わんばかりに飄々としている、だが、まぁそういうのもありだろう。そういう人間なのだとまるごと受け入れてしまえば、少しは仲良くできるような気がした(晋助呼びのことは別として)。少なくとも万斉の方は、こうしてまた子を気にかけてくれているのだから。こちらも少しは素直になるべきだろう。
「嬉しいっス。部屋で見てみるっス。ありがとうございます。」
 今度は繕いではない笑顔を向ける。万斉に誕生日を尋ねてみればもうすぐだった。お返し楽しみにしててください、とまた子が言えば万斉も笑う。いつもよりも柔らかく微笑んでいるように感じ、それも少し嬉しく思う。
 そして、万斉と別れたまた子が部屋に入ってから数分後、後々酒の席での語り草となる絶叫が上がった。



「また子に避けられている気がする」
「避けられてるなァ。間違いなく。」
 高杉は手元の猪口を見ながら答える。狼狽し瞳を潤ませながら縋りつくまた子の姿はなかなか可愛らしいものがあったが、本人にしてみればただただ悲劇だろう。通り魔よりもたちが悪い。通り魔は明確な悪意が感じ取れるが、万斉の場合は傍迷惑な好意なのだから。
「お前だって急に生首貰ったら嫌だろ、そもそもなんでよりによって生首なんだよ。」
「気に食わないというから殺してやった。せっかくだから首を献上した。なにか問題でも?」
 万斉が渡した箱の中身は、また子が嫌いだと答えた幕臣の頭部だった。全てにおいて問題しかない。
死体に慣れているとはいえ自室というプライベートゾーンでの予期せぬ生首というのは相当堪えたらしい。誰がご丁寧に包んだのかを考えると十中八九万斉自身であろうからそれもいっそう恐怖を煽ると高杉は思う。
「それに、また子に貰うなら拙者は嬉しいが」
「それはそれで考え物だな」
  なにやら納得のいかない様子の万斉はぽつりと零す。
「晋助が渡すとなれば反応も違かろう」
まるで子どもの言い分だ。実質問題としているのは人間の生首である。俺は間違っても女にジジイの首なんて贈らねェと声を大にして言いたいところだが、それではまぁつまらないので止めにした。高杉はニヤリと口の端を吊り上げる。
「そりゃァ、俺がやるもんなら鉛筆の削りカスでも喜ぶだろうな」
 鼻で一蹴し若干自慢げに言ったのが癇に障ったのか万斉が露骨に舌打ちした。その態度に、鉛筆の削りカスも生首もよろこばねぇだろ常識で考えろと口に出しそうになるのを年上の余裕とやらでぐっと堪える。
「ネコは飼い主にネズミの死骸を見せに来るつーけど、それじゃねぇんだからよ」
 獣のいじらしい心遣いも人間様にとっては所詮ありがた迷惑だという話を例に出したのだが、意外なことに万斉は素直に深く頷いた。
「なるほど」
 物分かりの良い様子を訝しむ高杉の苦々しい視線など気にせずに万斉は続ける。
「つまりまた子は、力比べを見せられたと誤解しているのだな」
 なにやら自信たっぷりにもう一度うんうんと頷いた。
「お前の獲物を代わりに獲ってきてやったと拙者が優越していると誤解している、ということか。拙者、把握。」
「お前は何を把握したんだよ、ってどこいきやがる」
 急に立ち上がった万斉の「また子のところに決まってるでござろう」という半ば予想していた返答に高杉は溜息しかない。
「お前わざとやってるだろ」
「さて、なんのことやら」
 微妙に小首を傾げるあたりこいつたまにほんと頭にくるな、と高杉が思っているうちにぴしゃりと襖は閉められた。



万斉の元の人が、仲間内で官僚の悪口言ってたら急にひとりで出て行って戻ってきたらそいつの生首持ってきたっていう逸話が元ネタ。