人より多くを望んだつもりはないし、強請ったつもりもない。身の丈に合わないようなものだって必要ない。全ての人間に好かれ愛されなくたっていい。たった一人でいいから、悩みを打ち解け合えるような友人が居たらいい。それが同性だったらもっといい。ただ、ただ、好きな人に、同じように想ってもらえたらと、少しばかり望んだ。それが叶わなくても、特別な日は、その人に、一番最初におめでとうと祝って貰いたかった。

頬をなぞる手のひらはひどくおだやかで優しい。
視線を彷徨わせれば、床には圧し折られて二つになった携帯電話。それが何かを届けてくれることはないだろう。
来ることもないものを期待し続けるのは可哀想だから、と男は笑った。だから壊してあげた、と。
身体が痛い。殴られた頬も、押さえつけられた腕も、引き裂かれた内側も。全身がだるくて、泣きすぎて頭が割れそうだ。
大きな手のひらが両頬を包む。嵐の後の静けさのように、そっと。

「なぁ、毎年思い出してな、今日のこと」

言葉は暴虐なナイフだった。その切っ先はまっすぐに私の心臓を目指すだろう。それに抗うすべを私は持たない。

「お誕生日おめでとう」

形のない刃が心臓にのめり込んだところで、息の根を止めるほどの力はない。けれど刃から滴る毒は私の一生を廻るだろう。生き続ける代償に、これからずっと傷口から血を流し続けるのだろう。生涯届き続ける贈り物を受け取りながら。
私を呪った男はこらえきれないとばかりに声をあげて笑い出す。その赤い瞳に映ったぐしゃぐしゃな女の子は、今日という日の主役に相応しく、誰よりも特別に可哀想に見えた。

(だからこんなに可哀想な私のことも、もうなにもとどかないぐらい壊してくれたらよかったのに)