缶コーヒーを開けられなくて、先輩の制服を引っ張った。視線を落とした先輩は、口元を綻ばし、手の中のそれを取る。いとも容易く開けられたコーヒーを、ん、と差し出され、やんわりと頭を撫でられた。なんだか仲の良い恋人同士のようで、それがうれしくて笑いながら先輩の半身に寄りかかった。

「見てた」

後ろに立つ男の手のひらが侵入した。無骨なそれは襟元から入り、やんわりと胸を揉む。同じ男の人の手だけれどやっぱり先輩の手の方がずっと綺麗だと思った。この男の手は荒れていて、先輩以上にごつごつしている。

「……何が」
「しあわせそうな恋人同士ってカンジ」

声は子守歌を歌うように優しいのに、だんだんと荒くなる手のひらの動き。背中から被るように身体を倒してくる男の、手が大腿を撫ぜた。緩慢なそれに、肌がざわめく。
腰の高さのロッカーに掴まる。すうっと息を吸い、ゆっくり吐き出そうとした矢先、後ろから突き上げられた。

「ああっ!!」
「しあわせそうで、だから不幸になればいいのに、って思ったよ」

壁を擦り上げられ、零れ落ちる嬌声。水音は聴覚どころか、感覚全てを犯し狂わせる。押し寄せる快感に、全てを委ねてしまいたい。

「ねえ、来島」

あと少し、達してしまいそうなところで、男の動きは緩慢なものになった。ざわざわと落ち着かない、全身が求める。

「愛してるよ」

低い低い囁き。違う、愛してるのは先輩で、こんな男、好きでもなんでもないのだ。それなのに受け入れてしまうその言の葉。考える事を手放して、なんの抵抗もなく、ただ自己を満たしていく。

「あ、私……も……」

涙が滲む。零れた言葉を合図としたかのように、最奥を攻められた。強く強く、それは火山の鳴動。身体の中に、熔岩が流れた、気がした。
ようやく顔を見ると、男の首に抱きついて口付けようとした。ところがあっさり突き飛ばされ、床に腰を打つ。

「痛っ……」

男の双眸は、冷え固まった熔岩のようだった。冷たい。白煙を燻らせながら銀の髪が揺れる。

「お前って、ホント悪い子。かわいいよ、かわいくて、殺したくなる」

ふるふると震える。唇を噛み締め、俯き続けた。先輩は、私の事なんて愛してくれない。哀しい、寂しい。だから呪いの言葉を甘受する。
頭上で、プシュ、缶の開く音がした。頭から、コーヒーが掛けられる。

「っ、いやあああああ!!!」

上機嫌な鼻歌。酷い、どうしてこんな事するの。熱い熱いそれは顔を伝って床に落ちた。ぽたり、ぽたり。涙が薄めていく。

「俺甘党だからさ、ブラック飲めないんだったわ。だからお前にやる。開けた上に飲ませてやるだなんて、俺ってやっさしー」

そんな優しさ、要らない。偽物な、擬似的な愛なんて、要らない。

先輩が、どうした、と手を取った。腕とうなじの火傷に、何があったと抱き竦める。先輩は優しい。苦しくて、哀しい。

向こうに赫い眼を見た。火山のように雄々しく、熔岩のように燃えたぎり、そして冷めた眼。

缶コーヒーなんて温いくらいだ。


(缶コーヒー)





サクランボの如月さんからお誕生日プレゼントにいただきました!もう…ほんと…こういう銀八、大好き…!!如月さんありがとうございましたー!