随分とまあ、と、そこで言葉を句切って男は困ったように俯くとがしがしと頭の後ろのあたりに指を突っ込んだ。相変わらずの特徴的な癖っ毛が揺れる。そして、やけに長い嘆息の後、
「つまらん女になった」
拗ねたような調子で言った。また子は生来ややキツめな眼を更に鋭く細めて緩慢に口を開く。
「今更あんたを面白がらせても仕方が無いっス」
「散歩に行ったきりなかなか戻ってこんから、野垂れ死にでもしたかと思ちゅーたが。それがすっかり首に鈴付けて、まったくつまらん。」
「あんたに飼われた覚えはない」
「わしも犬を飼った覚えはない」
高杉の昔なじみだと聞かされたときは、よりにもよって、と苦虫を噛み潰したものだが不安は杞憂に終わり、坂本のほうはまた子のことを元々存在しなかったもののように無視した。
と思いきやこうして急に絡んでくるのだから性質が悪い。そのまま無視しておけばいいものを、と思うがこうしてわざわざ丁重に相手をするのだから自身も同じく性質が悪い。
黒レンズに隠れた視線がホルダーに向いているのに気づいて、内心舌打ちした。腰に下げた二丁の銃は昔、男に選んでもらったものだった。初めて手にしたときから怖ろしいほど馴染んで、今でもそれは変わらない。
「別に、使いやすいから使い続けてるだけっス」
「銃は手入れさえ怠らなければどうにでもなるからのう」
言外に含まれた意図はありありと伝わってきてまったく面倒だ。沸点は低いほうだと自覚しているがこの男相手だとどうにも声を荒げる気にもならない。平生、猪だとか野蛮だとかそんなようなことをぶちぶち毒づく武市に今の姿を見せてやりたいと思う。しかし同時に、死んでもごめんである。
坂本はもう一度、今度は短く嘆息して、踵を返す。
「こんなら死んでたほうが良かったぜよ」
そのとおりお前の知っている私はお前の希望通り野垂れ死んだのだ、と二丁の銃を癖っ毛頭に投げつけてやろうかと思ったけれど所詮坂本にとってはくだらないことなのだろうし何より運命的と言っていいほど噛み合った銃を手放したくは無かったので口を噤んだまま、ひらひらと手を振る男の背中を見送った。