猛った熱は私の頬まで打った。ごうごう、と燃える、熱い熱い、炎は、歓喜に震えながら食事をしているようにも、悶えながら悲鳴を上げているようにもみえる。酷い臭い。なつかしく、しかし、常に寄り添うように傍にあった、戦火のにおい。血の味のする唾を呑みこんだ。悪あがきする群れの呼吸を止めるように、形あるものが次々と崩れ落ちてゆく。
奪われたもの、奪ったもの、呪ったもの、歓喜したもの、置き去りにしたもの、取りこぼしたもの、失ったもの、捨てたもの、すべてのもの。あらゆるものを飲み込んでゆく炎の中に、幽鬼の影を見た。肺が震えて、唇が戦慄いた。息を絞ると、出来損ないの笑い声が漏れる。一度吐き出してしまえば、感情に色づいた笑みがこんこんと溢れだして、止まらない。
「はは、あははっ」
私が笑い出すと、晋助様も笑った。触れ合うことも、抱き合うことも、たくさんしてきたけれど、笑いあうのは初めてだった。暴力的な赤い舌に押し上げられて昇りゆく黒煙に誘われ、上を見上げると、暗闇の中に光るものを見る。
「星、こんなに地面が明るいのに、みえるんですね」
きれい、と零れた言葉を、そうだな、と拾い上げてくれたけど、彼が同じように空を仰ぐことはなかった。目の前のことからかたときも瞳をそらさなかった。暗い空をじぃと見つめ続けて、そのうちに、美しいと感じた星がただの宇宙船だったことに気付いた。そのあんまりな皮肉と宇宙船の中に犇めくものへの想像に、また笑ってしまう。
すぐに夜明けがやってくる。いずれ炎は消えるだろう。そして人は生きるのだろう。あの宙からまたこの地に降り立って、打ちのめされ、悔悟し、灼熱の激情に悶え、憎しみながら生きればいい。怨嗟を謳い、慟哭すればいい。いくらでも灰にすればいい。何度壊れたって、人が生きる限り、世界はいのちのいろを取り戻す。なんて際限のない希望だろうか。その希望とやらの容赦のない残忍さはなにものにも勝る。
絶え間ない迂遠から逃れた身体は全てが軽くて、馬鹿みたいにすがすがしくて、信じがたいほどの虚脱感。なにものでもない自分。たった一つ残った、私を脈動させていたものも今静かに消えたのがわかった。星はいつかは燃え尽きて、瞬きながら消えるのだ。私の星はまがいものなどではなかった、と、暗闇の光の束に届くほどに叫びたかったけれど、その衝動もあっけなく沈んでしまう。
晋助様が私を見た。あぁこの人は本当はこんな顔をしていたのね、とはじめて知った。触れ合うことも、抱き合うことも、たくさんしてきたけれど。彼の手が私の頬をなぞって、ゆるく靡く髪を耳にかけた。優しく、穏やかに。晋助様の瞳の奥の奥の燈芯も、葬られてゆく。私の瞳の色はいのちの色だと教えてくれた彼には、今の私の瞳はどんな色に映っているのだろう。ぐっと身体を寄せて、口づけた。てのひらが私の頭を覆う。深く、深く、血の味が混ざり合ったころ、唇を離して、

「ねぇ、晋助様、これがほんとうの、」

ごうごう、ばちばち。世界が尽きる音の中心で、いざ終幕。