カラカラと滑車の廻る音がする。いくら廻り続けても進むことの出来ない空虚な音。そういうものに支配されている。それを渇望していた瞬間も、あったのだ。きっと。カラカラ、カラカラ。どこへもいけない。内包された閉塞。裏切らない安穏。虚ろな刹那が続いていくだけの、幸福。
どうして一緒に暮らしたのかと問われれば愛していたからと答えるだろう。惰性のような依存のような支配のような、そういうものかもしれない。違うかもしれない。例えそれが高杉と来島の二人と世界の正解であったとしても、そんなものは、たぶん、なんの意味ももたない。

高杉の手はとてもやさしいけれど、なのに、慈しみあうような行為ではなく食い荒らされているようだった。そう考えてしまうことが悲しくて、きっと次は上手くいく、だから大丈夫、性器を擦り合わせながら来島は希望の呪詛を紡ぐ。しかし来島の希望が高杉にとっても同じだとは、限らない。いつまでも遠く、いつまでも埋まらない。それでもぎこちなく触れ合って、やがて、ささくれ立った互いで肉を殺ぎあうのだ。 行為が終われば、虚無感に捕まらないように来島は手早く物事を考えた。今夜の食事は何にしようか。冷蔵庫の中に鶏肉が残っていたからシチューにするのもいいかもしれない。明日は休みだし天気が良ければ布団を干そう。それから新しい服を買いに行こう。できるだけ派手なものが良い。例えば真っ赤なコート。真っ赤で艶やかなマニキュア。すぐに見つけてもらえるように。でも、誰に?誰にって、そんなの当然、


シャワーを浴びた高杉は、髪から雫をぽたぽたと落とし続けたまま、部屋の隅に置かれたケージに近づいて座り込む。来島はそれをぼんやりと見つめる。
ケージの中には二匹のハムスターが住んでいる。大して親しくも無いクラスメイトにどうしてもと来島が押し付けられ、そういう由縁でやってきた。どちらも雌だから大丈夫、と結局二匹引き取ることになった。小さな愛玩物を飼育したいという欲求は多少なりともあったので来島は最後まで突っぱねることができなかった。当然、高杉が嫌がったら新しい里親を探そうとも考えていた。
意外なことに高杉は小さな二匹をとても気に入ったようで、甲斐甲斐しく世話をした。餌とおがくずを買うのは二人で、餌を与えるのとゲージを洗うのは高杉の仕事だった。何度か代わりに、と来島は申し出たけれどそのたびに断られた。一度勝手に世話をしたところ酷く不快そうな顔をされたので、それ以来手をつけていない。
動物が好きなのかと思って餌とおかくずを買いに行くついでにケースの中でくたくたになったボールとじゃれる犬や猫を見てまわったけれど、高杉は欠片も興味がないといった様子で犬と猫ではなくそれを見てはしゃぐ家族連れの客を眺めていた。木屑を詰め込んだ水槽の中で四隅に固まるハムスターを見ても同じ反応だった。
「なぁ、見ろよ」
視線をゲージから来島にうつし、微かに微笑む高杉の表情に、来島の心がざわつく。それを押さえつけながら、だるさの残る身体に少々重苦しい布団を巻いて近づいた。微笑み返したつもりだったけれど、上手に笑えたかどうかは分からない。
傍によって膝を折ると、縋るように恐る恐る高杉の手に左手を重ねる。振り払われはしなかった。高杉はそういう類の拒絶はしない。知っている。けれど来島はいつも脅えてしまう。傷つけてしまうことに。
高杉はもう笑みを消していた。ゲージの中を覗いた途端に凍りついて縋るようにきつく手を握り締めた来島に構わず、一人謳うように呟く。
「手前のガキ喰ってる」
雲が澱んで雨が降るように、息を吐けば次は吸うように、そういう摂理でしかないとばかりに見入る高杉の表情。血のついたおがくず。腹を破られたピンク色の塊。もぞもぞと動く小さな獣。それら全てによって、身体の中身がぐっとせり上がった。クラスメイトは嘘つきだった。
握り締めた手のひらをゆっくりと離して、布団を落とす。そのままのたのたとあられもない格好で台所のシンクに辿り着いて、曖昧に世界を反射させるステンレスに嘔吐した。すぐ傍の窓の格子はまるで檻の中を錯覚させるようだった。外は暗くて見えない。

(私はこの人を愛している。そう、愛している。きっと誰よりも。この世界でただひとつの真実のように。例えそれが私の中に息づいた醜悪であろうとも。)