虎柄がいいと言ったのを思い出した。大晦日の二日前である。冬休みであるのに校門の前ですれ違った。そのときたしかに一言二言交わした際に言った。柄の話だった。たしかに虎柄とテキトーに答えた。
そのいい加減さが具体化されて家の前に現れた。
大判の人一人入るくらいの巾着袋を引きずってきた。新年早々 虎柄の布地で。初日の出を拝まぬうちに この男は人のアパートへ不審人物然とした様相でどうもと漏らした。きっとカウントダウンと共に封を開けた神酒を飲みすぎたのだ。
かわいそうにと思う間に男はドラえもんのそれ宜しく袋に手をつっこみ取り出しては投げて取り出しては投げ 荒々しく寄越したのは庶民の三倍比である値のカップアイスであった。ただでさえ鳥肌の立ちそうなほどの冷気が開けた玄関の隙間から流れ込んでいるのに嫌がらせかと思うほどのハーゲンダッツを 目の前で取り出し続けているこの男は鐘の音で百八つの煩悩と手を繋いで正気を失くしてしまったのか。今年初の哀れみを抱いてとりあえず玄関口まで入れてやった。制止の声を上げるまでやむことのなさそうなアイスの仕出し作業に煌々と玄関の白熱灯は照らし続ける。男の茶の色素の危うさも透かして目元に影を落としているせいで瞳の動きは定かではない。虎柄のもはや寝袋である袋を脇に座る男は頬の赤いままに アイスを挟んで黙々とあたしと対峙している。飲み過ぎであると感じたのは気のせいではなかったようだった。座り込んで作業に没頭しているトラに見咎められやしないかとおずおず弄り出した携帯のメールを先輩へ送り終えると 目前の男の動きが止まっているのに気がついた。もうおわったんすか?初めに置かれたカップの霜がフローリングに水溜りをつくっていた。それを男は見つめていた。あたしも見つめた。一緒に食べようかスプーンを持ってこようかとぼんやり考えた。一息おいて男がつぶやいた。これでどうにかなりませんか。二度呟かれてああ、と合点がいったが怒るべきなのかわからなかった。答えなんてわかりきっているのだから。答えれば惨めになるだけだから彼も あたしも。

それより先に言うことがあるんじゃないすか零すと瞬いて男はあたしを見上げた。あけましておめでとうございます恭しく頭を下げると少し遅れて頭を下げる音がした。酔いに俯く彼に今年で卒業なんでしょうと言おうものなら泣き出しそうな男の弱々しさを初めて見た