黒薔薇のように深い赤を落とした眼(まなこ)が二つ。異国の澄んだ湖のように碧い眼が二つ。薄暗がりの中で冷たく光る。愉悦が静かに息づいて、それを包む闇に融けるような揃いの黒コート。同じく揃いの黒ブーツがたてる音は、ぴたりと同じ。少しもぶれることがない。少年少女のかんばせは生を持たぬ人形のような美しさで、どことなく互いが互いの面影を有していた。それは造形の問題ではなく、二人の内側から綻びる業のようななにかだ。
はめ込まれた残酷なあかとあお、纏った紛い物の闇に捕まらないように、男は裂かれた喉を二本ほど指の欠けた手のひらで押さえながら後ずさった。立ち上がれないほど震えた脚で必死にもがくその表情はまさに地獄を前にした囚人のよう。胸元はべっとりと血で濡れていて、やがては死に至るだろう。満身創痍の姿はさながら獣に嬲られた様相だ。そしてその獣とやらはやはり逃げる獲物をもてあそぶように、じわりじわりと距離を詰めていく。とうとう男の背は壁にぶち当たり、悲痛に顔を歪ませた。声無き命乞いをするために大きく開かれた口に、鉛の塊が捻じ込まれ、そして‐‐

「音がしないと殺ったって感じがしないんスよね」
また子は銃口に取り付けたサイレンサーを見ながら淡色の唇をとがらせて、毒づく。かたや総悟は端整な顔立ちをひとつも歪ませることなく慣れた仕草で刀を振ると、吐き捨てられたガムにデコレートされたアスファルトに血を落とした。月明かりによって恍惚に光る日本刀を鞘に収め、しかめっ面で銃を見つめるまた子に向き直る。
「付いてるぜィ」
言うが早いか総悟はまた子の白い頬をべろりと舐めた。それが返り血だと気づいたまた子が目をつりあげる。
「血は危ないって言ってるのに…っ」
咎めるまた子の言葉を遮り、総悟が唇を押し当てた。
舐め取ったばかりの舌をまた子の舌に絡ませ血を分け与えるようにねぶれば、気持ち良さそうにとろんと蕩けた瞳に柔らかな目蓋が幕を落す。その気でなかった拙い舌もねだるように動き出した。銃を持たないほうの指先が総悟のコートをぎゅうと掴む。応えるように総悟がまた子の金糸に指をさしいれ、くちづけをいっそう深いものにする。舌で、指先で、欠損した魂で、貪婪に互いを奪い合い、与え合い、求め合う。気の済むまで咥内を耽った総悟が離れると惜しむように熱を帯びた吐息がこぼれた。幼さの残る少女の頬はほんのりと高揚して、淫靡な彩を浮かべている。その劣情を、総悟は意地悪く笑う。
「好きなくせに」
また子は頬をいっそう赤らめて、ちろと赤い舌先を覗かせる半身を軽く睨みつけた。
「『こっち』は好きっスよ」
お返しだとばかりに、今度はまた子から噛み付くような勢いで唇を寄せるが、触れる直前遮るようにぱぁんと夜空に銃声が響いた。それを合図に二人はぴたと身体を止めて耳を澄ます。見えない様子を窺るように瞳は爛々と猛り、暗い歓喜を躍らせていた。ぱぁん、ぱぁん、と何発か続いたあと、建物の半分は吹き飛ばせそうな醜い爆発音。ここからでは燃え上がる火柱は見えそうにない。
「さすがマフィアの抗争地帯。ずいぶんお盛んなこって。」
「仕事するには好都合っス」
また子は銃を仕舞いながら、かつては獲物だったものに近づくと手早く財布を抜き取った。紙幣だけを取り出すと、ひーふーみー、と数え、
「そろそろお金もなくなってきたし」
つまらなそうに吐き捨てる。
「じゃー、ま、その辺のヤクザでもてきとーにブッ殺して」
総悟も似たような具合で言いながら、また子の頭にコートのフードを被せた。
「どっかのマフィアに取り入って」
今度はまた子が口を開き、総悟に同じことをやり返す。唇はうっすらと微笑んでいる。
「ちゃっちゃかお仕事して」
「それなりに楽しんだら、最後は」
どちらともなく手をとると、歩き出した。街灯の切れた通りに入る寸前、悪戯を企てる内緒話のように囁きあう。
「「みなごろし」」
声変わりしたばかりの少年のテノールと少女のソプラノの二重奏。二人は童話の中のチェシャー猫のようににんまりと微笑む。この街は甘い匂いに満ちている。お菓子の家はすぐ近く。持ち主の魔女は勿論暖炉の中へ落としてやろう。
繋いだ手を尻尾の代わりにゆらゆらと振ってご機嫌に空を仰ぐと、霞んだ星空にぽつりと鳴いた。
「ここが済んだら、海、見に行きたいなぁ」
「そういうのって死亡フラグっていうんじゃねェの?」
もう一度顔を見合わせてくすくすと可愛らしい笑い声とともに、狩り場へ向かう。それは当然、二人きりの世界を回すために。





いただいたメッセージで沖またブララグ双子パロのお話が出て(勝手に)盛り上がりまくって(勝手に)書いたもの。ありがとうございました!