息を潜めた叶華と男の前を、数人の、いかにも柄が悪そうな風貌の男たちが横切って行く。どうやら、こちらの存在には気づかなかったらしい。
完全に男たちの声がしなくなると、漸く男は身体の拘束を解いてくれた。
緊張から解放された叶華は、安堵の息を小さく漏らす。

「すまないね、君に手荒なことをしてしまった」
「いえ…」

叶華は首を左右に振る。

「でも、あの方たちは一体…」
「うん?まぁ、一応、私の知り合いということになるのだけど…」

彼等と揉めてしまってね、ちょっとばかり追われているんだ、と言って、男は苦笑を浮かべた。

「実はこの庭に忍び込んだのも、暫くの間、身を隠させて貰う為だったんだよ。そうしたら、星を眺める君の姿に目を奪われてしまってね。声を掛けずにはいられなかった」
「え…?」
「君が余りにも美しかったから、ついね」
「…っ」

此処は遊郭。そんな戯れ言は、日々、当たり前のように飛び交っている場所。
その場凌ぎの言葉だと頭では分かっていても、面と向かって褒められることに慣れていない叶華は、思わず頬を赤らめてしまう。

「身勝手なことを言って申し訳ないが、もう少ししたら此処を出て行くから、楼主にはこのことは黙っていてくれるかい?」

男の言葉に、叶華は静かにこくりと頷く。

「いい妓だね。…さぁ、君も部屋に戻って早く休んだ方がいい。明日に差し支えてしまうよ」
「…でも」

男の言う通りにした方が良いことも、叶華は十分理解していた。明日も朝から、傾城のお世話をしなければならない。けれど、酷く後ろ髪をひかれるのは、何故なのだろうか。
このまま、この男と別れてしまったら、もう二度と会うことが出来ないような気がして…。離れ難い気持ちで胸が溢れそうになる。

「あの…っ」

気付いた時には、唇が勝手に言葉を紡いでいた。

「あの…、宜しければ、お部屋で休んで行きませんか?あの方たちも、まだ残っているかもしれませんし、貴方の御身も危険です。…それに、廓の中に入って頂ければ、貴方が負ったお怪我の手当ても出来ますので」


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