水揚げの権利を獲得した人物――清水と名乗る男と初めて出会った日のことは、叶華もよく憶えていた。
それは水揚げを一ヶ月後に控えた、とてもよく晴れた日の夜半のことだった。
その夜、名代としての務めを終えた叶華は、新造の大部屋へと続く庭に面した廊下の途中でふと足を止めた。そして、徐に空を見上げる。

名代とは、登楼が重なった際、傾城がやって来るまで、代わりにお客の相手をする者のことをいう。この時の叶華は、とある傾城の部屋付きの新造であった。

視線の先には、黒檀の天蓋。その中に広がる、キラキラと煌めく星々で出来た大河。幾万、幾億にも瞬く、無数の光。

「…わぁっ」

その美しさに、叶華は思わず感嘆を漏らした。
まさか、このような場所で、天の川を見れるとは思ってもみなかったのだ。こんな…、浮世絵離れたした、吉原の地からなど。
しかも、こんなにもはっきりと見れるなんて。
叶華にとって、遥か昔、とても幼い時に故郷で見た以来だった。

「…今宵は星月夜だから、星が一際、美しく見えるね」

天上に輝く光の欠片に暫く見蕩れていると、突然、声を掛けられた。
スルリ、声のする方へ視線を滑らせば、一人の男がそこには立っていた。
叶華は驚き、反射的に近くの柱の影へと身を隠す。

「星月夜って、知っているかい?」
「……」
「星月夜っていうのはね、星の光が月のように明るく照らす夜のことなんだよ」
「あ、あの…」
「…あぁ、すまない。勝手にベラベラと…。どうやら私は、君を驚かせてしまったようだね」
「……あの、貴方は、一体?」

叶華は柱に隠れながら、視界に映り込んだ男に、恐る恐る問い掛ける。

「大丈夫。君の瞳には私がかなり怪しい人物に映っているかもしれないが、大した者ではないから」
「……そこは『自分は怪しくない』と主張するのが普通ではないでしょうか…?」
「まぁ、確かに君の言う通りなのだけれど…。君に不審者だと思い込まれた状態で、幾ら私が『怪しくない』と弁明したところで、余計に怪しく思われるだけだろう?」
「……不審者なんて、僕は別にそんなこと」
「おや、本当に思っていないのかい?」
「それは…」

返答に困っていると、君は嘘を吐(つ)くのが下手なんだねと、クスリ笑みを浮かべながら、男がゆっくりとこちらへ歩み寄って来た。
星明かりに照らされた男の姿に、叶華は息を飲む。
先程までは暗がりで分からなかったが、その男はとても端正な顔立ちをしていた。


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