水揚げなど怖くない、そう思っているのに、叶華の四肢は小さく震えていた。
自らの身体を幾ら掻き抱いてみても、震えを抑えることは出来ない。

震えが止まらないのは、恐らく、水揚げの権利を手にしたという男の詳細を、自分がよく知らないからだ。叶華には少なからず、それが起因しているに違いないように思えた。
楼主から得た男の情報は、余りにも少なく、余りにも乏しいものであった。
男の苗字が清水ということ。年齢が弱冠二十歳で何処ぞの社長あるということ。それから、既に決まっていた水揚げの権利を、直前になって奪ったということぐらい。

一体、どんな方なのだろう。自分の水揚げを、横取りするかのように大金を叩いてまで買ったという男は…。

叶華の胸中に不安が過ぎる。

社長と一言でいっても、この世には、種々様々な会社が考えられる。
まさか、闇の世界で名の知れた…――、なんてことも…。
その強引さと、この御時世。決して、有り得ないことではない。
顔合わせの意味合いもある突き出しでさえ、断ってきたような男だ。
もしかしたら、とんでもない乱暴者かもしれない。

そのようなことばかり考えていたら、不意にぎしりと床の軋む音が聞こえてきた。
自分を買った男がやって来たのだ、直感的にそう思った。
まるで呼応するかのように、叶華の心の臓が、一際大きく跳ねる。
段々と近付いて来る足音に、膝の上に乗せた掌(たなごころ)をぎゅっと握り締めた。

やがて叶華の居る部屋の前で足音は止み、徐に襖が開かれる。
叶華は緊張の中、畳に手を付き、頭を下げ、人生初の自分のお客を出迎えた。

「…清水様、お待ち申し上げておりました」

そんな言葉の後で、静かに顔を上げる。
その刹那、視界に捕らえた男の顔に、叶華は思わず目を瞠る。何故ならそこには、見覚えのある人物が立っていたから。

「…あ、貴、方は。どう…して貴方が、…このような場所に…?」

男は部屋の中にゆっくりと踏み入ると、驚きを隠せない様子の叶華に向かって優しく微笑み、こう言ったのだ。

「…おや、忘れてしまったのかい?この前、約束しただろ?私はまた必ず、君に逢いに来るから、と…」



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