ゆっくりと辺りに夜の帳が落ちると、街灯のランプには一斉に明かりが燈される。
清掻きと呼ばれる客寄せの為に奏でられる三味線の緩やかな旋律が流れ始めれば、周囲一帯は、本来の姿を取り戻す。

――そう、艶やかなる花街としての、本来有るべき宵の姿を…。

花街遊郭の数ある中のひとつでもある、夕月楼に身を置く振袖新造の叶華(かのか)は、一面を朱色に塗られた部屋の片隅に鎮座し、清掻きの音色をひとり聴いていた。

叶華――本名を目黒俄雨という。
叶華という名は、初めて夕月楼に連れて来られた幼き日に、楼主によって付けられた、所謂、源氏名である。
花街一の大輪の華を咲かせられるような娼妓になるように、何れは傾城(けいせい)になるように、と、多大な期待と願いを込めて、その名を付けられたのだ。
そんな楼主の期待通り、叶華は見目麗しい娼妓へと成長を遂げ、今日という記念すべき日を迎えた。

ちらりと顔を傾げれば、鏡台の鏡の中に己の姿が映る。
絢爛豪華な打ち掛けに、綺麗に髪を結い上げ、美しく着飾った自分。やや緊張気味な面持ちの、自分。
その目の前には、朱い色した褥が広がる。

今宵このような場所で、叶華は自分を水揚げする男の到着を、ただただ静かに待っていた。

『…ねぇ、怖くないの?』

鏡の中に映り込んだ、もう一人の自分が問い掛けてくる。

『水揚げをするということは、自分を高値で買った男に、この身を捧げるということなんだよ?』

…そんなこと、分かっている。
既に分かっているつもりだった。

水揚げという言葉の意味も、娼妓になれば何をしなければならないのかさえも。
禿の頃から先輩娼妓たちの姿を飽きるほど見てきたし、散々ありとあらゆる知識を植え付けられてきたのだから。

だから、今更、何も怖いことなど…。

叶華は幾度となく、自問自答を繰り返す。

『じゃあ、どうしてお前は震えているの?』



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