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「…そんなこと、君が心配することじゃないよ」
「…でも」
「強いて言えば、君のことがとても惜しくなった、ということかな」
「僕が…ですか?」
「あぁ。君の初めてを…。こんなにも清らかな君を、他の男に渡してしまうのが、どうしても嫌だった。どうにも、耐えられそうに無かった。だから、君と別れた数日後にまた此処に足を運び、楼主に直談判をしたんだ。俄雨の水揚げを、自分にさせて欲しい、とね」
「………」
「迷惑だったかな?」
「そんなこと、有る訳ございません…っ」
「本当かい?」
「本当です、清水様…」

名前を呼ぶと、男は人差し指を叶華の唇の前に差し出し、そっと触れてきた。

「他人行儀な呼び方はもうお止(よ)しよ。君と私は杯まで交わした仲なのだからね。私のことは、これから雷光と呼びなさい。いいね?」
「…はい。え…っと、…雷…光様」

たった今覚えたばかりの名を、躊躇いがちに紡ぐ。ただ男の名前を口にしただけなのに、叶華の小さな胸は大きく波打った。
まるで夢を見ているような心地だった。たとえ、夢でも構わないとさえ思えた。しかし現実に、あの時出会った男が自分の目の前に存在(い)るのは、揺るがらざる真実だった。
胸に抱いた自分の想いを、どうにかして当人に伝えたくて、叶華は口を開く。

「本当に嬉しかったんです、僕。たとえ不意打ちであっても、こうしてまた、貴方にお会いすることが出来たことが…。夢を見ているみたいです、また雷光様にお会い出来るなんて」
「あの時、約束しただろ?」
「確かにそうなんですが…」
「そんなに強く私に会いたいと思ってくれていたのかい?」
「……はい」

顔を赤く染めながら、叶華は素直にこくり頷いた。

「ならば、手紙ぐらい寄越しても構わなかったのに…」
「書こうと思っておりました。ですが…」
「何故、くれなかったんだい?」
「それは……。僕が、貴方の名前を存じていませんでしたので」

初めて出会ったあの日、自分の名(本名まで)はちゃんと告げたのに、相手の名前は聞きそびれてしまっていた。
名前さえ分かれば、住所を突き止めることはそれほど難しいことではない。だが、肝心な相手の名前が分からなければ、どうにもならなかった。
だから、叶華にとっては、清水宛てに手紙を認(したた)めたくても、認められない状況だったのだ。


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