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先程までの優しく柔らかな眼差しとは異なる、何処か悪巧みをしているような、黒さの漂う表情。それが叶華に一抹の不安を齎せる。

「…あぁ、すまない。何でもないんだ」

不安げな視線に気付いた男は、叶華の胸の内を払拭するかの如く、何事もなかったかのように、柔らかな笑みを向けてきた。

「……傷の手当ても終わりましたし、宜しければ、横になってお休み下さい。朝になる前に僕が起こして差し上げますから。お布団も直ぐに、ご準備を致しますので…」

立ち上がろうとした、その時だった。男の腕が叶華を掴み、捕らえたのは。
そのまま身体ごと引き寄せられ、気付いた時には、男の膝に座って居る状態だった。

「ご、ごめんなさいっ」

慌ててその場から離れようとする叶華を、男の両の腕がそれを許さない。

「あの…っ」
「…俄雨、暫く、大人しくしていておくれ」

本名を呼ばれて、強い力で抱き竦められて、どきりと、心の臓が音を立てた。
そんな赤く火照る頬に男の指が伸び、やがて叶華の唇まで下りてくる。輪郭を辿るように優しく指先で撫で上げると、叶華の顎を掬い上げ、そっと唇を重ねてきた。

「――…ん…っ!」

唐突に訪れた温かく柔らかな感触に、叶華は思わず目を瞠る。
だが、唇に触れるだけの行為は、刹那のうちに離れていった。

「な、に…を…っ」

頬を赤く染め動揺する叶華に、男は悪びれる様子もなく微笑みかけてくる。

「君にキスをしたんだ」
「キ…ス?」
「接吻のことだよ」
「な、何故、そのようなことを僕に…」
「それは、君がとても可愛いから」

男の発した単語に、再び、叶華の胸は大きく高鳴った。

「可愛いなんて、…僕はそんな」
「とても可愛いよ。私が触れただけで頬を赤らめるところも、そんな初なところも…」

恥ずかしげに僅かばかり俯くその頬に、男がまた触れてくる。

「食べてしまいたくなるくらいにね」

返す言葉を無くした叶華の顔を覗き込むようにして、男はもう一度叶華の唇を塞いできた。


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