「…この部屋は、僕の隠れ家だったんです」
「隠れ家…?」
「はい。幼い頃、何か失敗をして、遣り手の雲平に叱られた時は、此処に来て、一人でこっそり泣いていたんです。…あの頃は、同年代の子たちとも、此処でよく遊んでいたな」

ふと目を閉じれば、幼いき頃の記憶が甦ってくる。勿論、楽しいことや嬉しいことばかりではなく、どちからと言えば、辛く苦しいことの方が多かったけれど。それでも、過ぎてしまえば、それも思い出として、この胸に刻まれている。

「…君は随分と幼い頃から、この見世に身を寄せているんだね」
「そんな…。幼いと言っても、僕の場合は十歳からですから…。僕なんかよりずっと小さい時から、この廓に居る子もいるんですよ」
「そう…」

男は複雑な表情をして、こちらを見つめてくる。

「赤ん坊の時に、見世の前に捨てられていた子も居たと、以前に聞いたことがあります。その点僕は、十になるまで母親と一緒にいることが出来ましたから…」

幸せな方だと思います、そこまで話して、叶華ははっと我に返った。

「ご、ごめんなさい、こんな話…」

初対面の方に話すことではなかった、と慌てて自分の非礼を詫び、口を噤んだ。
今日の自分は、本当にどうかしている。自ら誘う真似をしてみたり、見ず知らずの男に、こんなつまらない身の上話までしてしまうなんて…。
でも――、と思う。
目の前の男には、何でも許してしまいたくなるような、不思議な雰囲気があるのだ。この身さえ、委ねてしまいたくなるような、そんな危うささえ覚える。

「いいよ、気にしないでおくれ。断片的でも君の一面を知れて、私も嬉しいのだから」

そう言って、別段咎めることもなく、男は柔らかく微笑んだ。

「先刻、君は水揚げは未だだと言っていたけれど、今後、その予定はあったりするのかい?」
「…えぇ、一応は」

雲平の話だと、確か、水揚げは来月を予定しているらしい。相手は叶華よりずっと年上で年配の、名の知れた子爵家の方だという。

「遊郭では、より多くの大金を叩いた人間が、水揚げの権利を手に出来ると聞いことがあるのだけど、それも本当なの?」
「僕も詳しくは分かりませんが、恐らく、その通りかと…」
「…そう。やはり、そうなんだね…」

そう呟くと、男は不思議な表情を浮かべた。

「……?」

これまで見たことのない男の表情に、叶華は僅かに困惑して小首を傾げる。

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