「君の名前は?」
「え?」
「まだ聞いてなかったからね」
「…叶華、といいます」
「かのか…。かのかとは、どういう字を書くんだい?」
「叶える華、と書きます」
「へぇ…」
「こちらの楼主が付けてくれたんです。この花街で大輪の華を咲かせられるように、と…」
「楼主の願いを込めて、叶華か…」
「…はい」

叶華は静かにこくりと頷いた。

「…では、君の本当の名前は、何ていうんだい?」
「え?ぼ、僕の本当の名前、…ですか?」

訝しげにそう問い掛ければ、男はただ、そうだよ、と言って首を縦に振る。
こんな質問をされたのは、この廓に来て初めてのことだった。本名はこの廓に買われた時点で、捨ててしまうよう言われた。
此処での呼び名も、楼主によって付けられた源氏名で統一されており、本名で呼ばれることはない。
だが、だからと言って、自分の本当の名前を決して忘れた訳でもないのだけれど。

「……俄雨といいます、目黒俄雨」

多少躊躇いながら、叶華は自分の本当の名を口にする。

「俄雨という字は、…俄か雨と書きます」
「へぇ、俄か雨で俄雨かい?…良い名だね」
「…そうですか?」
「あぁ、君にとても似合っているよ」

叶華自身、似合っているかは分からないが、この名前が昔からとても好きだった。何より、大好きだった母親が付けてくれた名だから。
だから、その名を褒められるのは至極嬉しく感じた。

「君も此処の娼妓なのかい?」
「いえ…、新造なんです、僕」
「新造?」
「えぇ、僕はまだ水揚げを済ませていないので…」
「そうなんだ」
「僕が一本立ちをしていれば、貴方をこのような部屋にお通しすることも無かったのですが…」

少し俯きながら、申し訳ございません、と済まなそうに叶華が言う。

「…済まない、そういう意味で聞いたつもりは無かったんだけど。…でも、見世にこのような部屋があったなんて、知らなかったな。全て、絢爛豪華に飾り立ててると思ったのだが…」

興味深げに、何処か楽しげな瞳をして男は室内を見回す。このような部屋は、たとえ馴染み客であっても入ることの出来ない、言わば、廓の裏の部分でもある。男が珍しがるのも、好奇心を抱くのも分かる気がした。


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