血圧、体重、年齢――全てクリア。
血液型検査をした後で、僕は案内されたベッドの上に、静かに横たわる。腕まくりをして、ツンとする消毒液を皮膚に塗られて。それからゆっくりと針が血管に入ってくる。注射針よりもずっと太めの針。この針が苦手だという人も居るらしいけど、僕は比較的、平気な方だった。刺す瞬間だけチクリと痛みを感じるだけで、後は少しも気にならない。

血液を抜き取るには、多少の時間がかかる。
軽く握った拳に力を入れたり抜いたりしながら、僕は瞳を閉じて、小さく息を吐き出す。

これはやはり、失恋になるのだろうか。
不思議なことに、実感という実感が湧いてこなかった。
こんなにも湧いてこないのは、恐らく、雷光さんが醸し出す、雰囲気のせいだと思う。雷光さんは誰にでもお優しくて、分け隔てなく付き合える方で。あの人に想いを寄せる女性なんて幾らでもいらっしゃるから。だから僕は、こんな妙な気持ちに襲われているのだと。

だけど…。
だけど、今回は少し様子が違っていた。
あの人自らが、その存在を肯定するような台詞を言われたのだ。

恋。あの人は…。雷光さんは、今、恋をされている。僕ではない、他の誰かに。

「あの…、彼女って、どんな…方なんですか?」

動揺するでも、震えるでもなく、自然と声が出た。それはもう、不思議なくらいに。

「お前には、…関係のないこと、だから」

僕に向けられた声も、変わらない。いつもの優しい声音。いつも通りの柔らかな口調。なのに、雷光さんの言葉だけが違った。

「僕には、関係…ない。…そう、そうですよね。不躾な質問をして、申し訳ございません」

確かに雷光さんの言う通りだ。
雷光さんとその彼女にとって僕は、ただの第三者で、部外者で。それは十分理解出来ても、やっぱり少しだけ悔しく感じた。

あの人の隣には、どんな女性が似合うのだろうか。
雷光さんは優しくて、人当たりは良いけれど、でも、頑なで、マイペースで、自分勝手で…。だから、そんな人を受け止められる包容力のある、僕なんかよりもずっとずっと大人の人じゃなきゃ、きっと駄目なんだろう。

……嫌だ。
今頃になって、泣きたくなってしまうんだろう。何で、どうして…。

「大丈夫?」

軽くポンポンと肩を叩かれて目を開けると、看護士の人が、少々心配そうな表情で僕の顔を覗き込んでいた。

「気持ち悪いなら、もうこの辺で終わりにする?」
「い、いえ、僕は平気です。…このまま、続けて下さい」

軽い調子で否定して、空いている手の甲で、そっと目元を擦る。
いつの間にか、僕は泣いていたらしい。

信じられない、こんなこと。

最初は憧れだけ抱いていたはずなのに、僕は何時から、こんなにも雷光さんのことを深く想うようになってしまったのだろう。

あの人は僕を見てくれないのに。
後輩の一人としてしか、分刀の相棒としか見てくれていないというのに…。

分かってる。僕がどれほど想い続けたとしても、雷光さんの想い人には勝てない。勝てる訳がない。
これじゃなんでも、分が悪すぎる。
もっと早く、雷光さんに出会いたかった。その彼女よりも、もっとずっと早くに…。

この恋は、もう諦めるしか、ないのかもしれない。
でもどうやって諦めるというんだ?深く深く息づいた雷光さんへの想いを、そう簡単に僕は切り捨てられるのだろうか。
分からない。知らない。…もう、どうしようもない。

僕はぼんやりと、自分から抜かれていく血の色を見つめた。真っ赤というよりは、少し茶色味がかった、密度の濃そうな液体。それが細く透明なチューブの中をゆっくりと巡り、手の平ぐらいな大きさの、ビニールで出来た袋に収められていく。

この血液は、一体、何処の誰に輸血されるのだろうか。

ふと、そんなことを考えた。考えた――ううん、そんなにはっきりした思考じゃない。意識の端に、チラリと浮かんだだけ。

雷光さんだったら、いいのに――なんて、馬鹿な想いが心を過(よ)ぎる。
僕の想いが寄り添えないのなら、せめて、この血が、僕の欠片が、ずっと雷光さんと一緒にいられたらいいのに。

なんて本当に馬鹿なことを考えてしまうくらい、いつの間にか僕は、雷光さんを好きになっていたんだ。



こいのうた
(きっとこの恋は叶わない。それを分かっていても、どうしても貴方をこんなにも想ってしまうんだ)

(20100223)


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