ぼうっとしながら海面に手を伸ばす。もう一人の自分が向こうから手を伸ばしてきて、触れると冷たくてその手を通り過ぎていくような気がしてた。いつだったか、それは自分でもないし、自分でもあるなんて複雑な言い方で自分を誤魔化していたけれど。これは海面にうつった自分なんであって、結局は海面だった。なんて少し成長した私は自慢げに思いました、まる
「 浅葱?何をしてるん、だ 」
「 …セネル? 」
驚いたように息を詰まらせた声に振り返ると目を見開いていた。その目にはしっかりと私の姿が映っていて、とくにこれといったおかしなものはないのにセネルはゆっくりと目をそらす。
「 もしかして、落ちるように見えた? 」
「 …ああ 」
「 ごめんごめん。ちょっと感傷的になっててさ。少し触れてただけ 」
再び海を覗き込むと、隣にセネルが映る。太陽の光で髪がキラキラ光って見えるから妙に綺麗に見えてゆっくりと微笑むとセネルは小恥ずかしそうに頭を掻いた。それを横目に指先をそっと伸ばして映る海面は深くて、綺麗で
「 この奥は、おかしなほど広くて深いんだろうね 」
「 まだ浅瀬の方だが落ちたら危険だからな 」
「 そう言われると飛び込んでみたくなるんだよ 」
「 …やめろ 」
「 わかってるって。飛び込んでも泳げるし溺れたりしません 」
ただ、思いつきでもこの海の奥を見てみたくて手を伸ばす。
見たくて、見たくて、何度も何度でも。
「 浅葱! 」
「 落ちないよ、大丈夫。それよりさ 」
「 なんだよ 」
心配そうな目が私を捉えて思わず笑みを浮かべてしまう。海面には手を伸ばす必死な子供みたいな私が、子供らしくない笑みを浮かべていてなんとも変な光景なんだけれども。
「 何で人生って道が一つしかないんだと思う?やり直したい事だって沢山あるのにできないのは、どうしたなんだろうって思わない? 」
「 …思う、けど。急にどうしたんだ 」
「 私は、やり直せるなら 」
やり直せるなら。人生の選択を誤ったのは、きっと私なのかそれとも誰かなのかわからない。けれど、この世界に来てしまった私は行き場もなく、居座って留まって、見守るだけで。もしも、この世界にきたばかりのときに戻れるのならば、
「 何処かの山奥でひっそり暮らして消えるか、始めの段階でウルフに八つ裂きにされていたかもしれない 」
「 なんだよ、それ 」
「 なんなんだろうね、わかんない 」
「 浅葱、何かあったのか…? 」
「 セネル、生きてればいろんな事があるんだよ 」
屁理屈で返すと、少しむすっとしたセネル。あ、可愛い。クロエはこういうところを見る余裕があるのかなあ?いつか、無理せずにちゃんと見てあげられる時がくれば良いのに。例えそうなってもこの鈍感なセネルが気付くわけもなさそうだけど
「 ただ、 」
「 ただ? 」
「 私は、疲れちゃったんだと思う 」
「 …そりゃ、毎日駆け巡ってれば疲れるだろ 」
「 え?そうだっけ?朝起きて、朝食の手伝いして、洗濯物やって、お仕事いって帰ってきて掃除して、それから 」
「 たまには休んだらどうなんだ 」
その声に、私は海から手を離して甲板に寝転ぶ。急に逆方向に移動した私にセネルが「うわ」とか言ったけれどまあ寝てる間に鳩尾にエルボー一発で許してやろう。
「 こうやって何もしてないとね 」
「 ああ 」
「 いやな事ばっかり考えちゃって、誰かと話してないと、何かに触れてないと、独りみたいで、つらい 」
つらーいらーいらーいって誤魔化すように伸ばしてみたけれどセネルには受けなかったみたいでニコリとも笑わずに私を見ていた。泣き言を聞いてしまったからだろうか、だなんて思って急いで取り繕うとすればするほど変な言葉と変な小話が浮かばなくって、素直に。冷静に
「 うっそー! 」
「 は? 」
「 あっはははははは!セネルったら騙されたー?さっきから海に飛び込みたかったのは本当だけど、休むと堕落しちゃうってのが本当だったりするんだよねえ 」
「 心配するだろ? 」
「 だって、セネルが真面目な顔してるから、ちょーっと悪戯したくなっただけ 」
「 …悪戯って、子供かよ 」
「 心はいつでも子供だったりしてー? 」
あきれたように笑ったセネルに私も笑みを浮かべる。
ただ、本当の事を言うならば本物の嘘吐きになれればいいのにって思うだけで嘘ついてごめんって何度も何度も頭の中で繰り返されるんだよ。だから、私はそれを言い聞かせるように嘘を重ねるの。
だって、
なんだか、まだ吹っ切れない( セネルがそのまま去っていくのを見てから )
( 独りで、涙を飲んだ )
( 消えたくない、よ )
11/0202.
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