ピ、ピ、ピと機械音が響いて目を開ける。ハロルドしかいない科学部屋、機械に繋がれた私は乾いた唇を動かしてショッキングピンクの名前を呼んだ。振り返ったその顔は、ため息をつき終わったというところで、暴言の一つや二つは吐かれるんじゃないかって思うような顔つきに、心にワンクッションを置く



「 …寝てた、んだっけ 」

「 いや、血の採りすぎである意味気絶かしら 」

「 そう、 」



何を聞いたら良いのかわからない。この検査は私がもう少しでも身体を持たせるための薬を作ってくれるんだっけ?それともハロルドの研究のついでなんだったかもうわからない。何してるんだろうとか、ありきたりな言葉を頭の中で繰り返すのもめんどうで、もう一度目を閉じようとしたとき、隣に座る音が聞こえて薄っすら目を開けると紫の目が私を見ている



「 …ねえ、天才科学者さん。何処までわかっちゃった? 」

「 とりあいず、カイルとリアラとも違うこの世界の異端者ってところね 」

「 へえ。でもそれは会ったときから気付いてたんでしょ? 」

「 まあ、確信はしてなかったわ 」



もう確信を持って気付いているのは、神子として何かが見えているゼロス。それと可能性として国籍を調べ上げていると思うジェイド。そして、今目の前にいるこの天才科学者、ハロルド・ベルセリオス。



「 で、アンタはいつまでそうやって嘘ついてるつもり? 」

「 …限界になるまで 」

「 それは無理よ 」



いつもよりも真面目な視線に私は目をそらして、ゆっくりと目を瞑る。このまま寝てしまえばなんだか、気が抜けるような少しでも体力回復できるんじゃないんだろうか。



「 なんで 」

「 この船に乗ってるのが、そんな抜けてる人達じゃないってわかってるでしょ? 」

「 …別に、異端者なことはどうでもいいんだよ。ばれたって支障はない。だけど、 」



いつか消えるって知ったら、皆がどんな顔するかもわかってるから。私はそれを隠して置きたいし、消えるならこっそり静かに消えてしまいたい。皆に気付かれずにひっそりと、色を失いたいのに



「 今身体に二つの症状があるのは、自分でも分かってるのよね 」

「 あ、やっぱり二つなんだ。痛いのとそうじゃないやつ 」

「 身体が消えてるのと記憶から消えるの、の間違いよ 」



それってどういうこと?



「 身体が消える、はわかったけど、記憶から消えるって、 」

「 私達の記憶から、ってことよ 」

「 ……なにそれ、血液でわかるの? 」

「 この間の髪の毛が消えかかってたのが身体。それを思わずこの間ゴミとして捨てようとしちゃったのよ、この私が 」

「 はあ、 」

「 あんたの武器を作ってる事も忘れそうになるくらい 」



じゃあ、尚更だ。尚更、私は秘密を秘密として持っておこう。
いつか消えてしまってもこの船の大切な家族が悲しむ理由がないように。エールがお姉ちゃんと呼んでいた人がいたってことも、カノンノがそう思っていた人がいたことも。何もかも綺麗に私の事を忘れてくれるのならば



「 尚更、私は言えなくなるね 」

「 …それで辛いとか思わないわけ? 」

「 辛いとか通り越して笑えそう。だって、最後は綺麗すっきりいなくなるんだよ?始めからなかったかのように。だったら、それでいい。それで、構わない 」

「 ……浅葱、 」

「 自分で誓ったんだよ、『後悔しない道を歩く』って 」



誓ったのは、約束みたいなもの。
自分で良いだした我侭を大事にするなんて、馬鹿馬鹿しいって思うかもしれない。それでも、それがなければ私は今笑う事もできず、泣き崩れて、寂しいって言ってしまうから。弱い自分を見せてしまったら、私は二度と立ち上がれない

だから、



「 これでいいんだよ。これで、いい 」

「 もし、バレたら…浅葱、どうするつもり? 」

「 そのころには、すぐに記憶から消えるんじゃない? 」

「 …じゃあ、身体の方の薬だけ作っておくわ 」

「 できるの? 」

「 身体の方しかできない。というのが正しいけど、浅葱の場合、マナが放出されてんのよ。だから、マナ補給と痛み止めの薬 」



すっと立ち上がる音に重たい瞼をあげると試験管の中身の調合を始めるハロルド。その後姿は少し寂しそうで、私は空っぽの頭で笑った



「 助かります 」

「 いいわよ、別に。それと、もう一度聞いとくけど 」

「 なに? 」

「 本当に、それでいいのね? 」



ハロルドは手も止めず、振り返らず、私に聞く。
まるで動揺させようとするかのように。私は、瞼の重みに勝てず、ゆっくりとさげると生暖かいものが冷たくなりながら、頬を滑り落ちていく。それでも泣き言を言わないように、



「 私は、 」



皆が笑ってる未来が良いから



「 これがいいんだ 」



皆が笑っていられる未来にいられなくてもいい。ほんの些細な相談に乗ったりして皆と少しの間楽しく笑っていられればかまわない。ただ、それだけのことで。あの子が笑っていられればそれで良いやって思ってるんだ。だって、私のせいで誰かが泣くなんて、考えたくはないしそうあって欲しくない



( 戻る事なんて出来ない選択 )
( 妥協じゃない。それしかなかった )
( 痛みにも、忘れられる恐怖とも戦う勇気はない )

11/0201.




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