「 ねえ、浅葱お姉ちゃん 」

「 うん? 」



にこにこと仕事から帰ってきたばかりのエールの笑顔はまぶしい。パニールが持ってきてくれたココアを嬉しそうに飲みながら私に笑顔を向けてきて、私はすぐに頬がでへっとしてしまい物凄くだらしない顔だろうけれど、これはこれで幸せなことなので満足だ。せめてエールに気持ち悪いって思われない程度におさめるためにちょっと引きつりそうだけれども



「 赤ちゃんを見てきたの 」

「 街で? 」

「 うん!凄くかわいいんだね!ふにゃって笑ったりして、あんなにちっちゃくて、手なんかわたしよりずーっとちっちゃかった 」

「 私も見たかったなあ 」



はしゃいで、目を輝かせて言うエールに私も本心を打ち明けるとキラキラした笑顔で頷く。子供はいつ見ても可愛いし、個人的には赤ん坊もバッチコイだ。泣かれると確かに戸惑うけれど、ふにゃって笑ったあの瞬間、心を打ちぬかれた事があるからな。今は立派な子供になってしまったんだけれども



「 でも、赤ちゃんって何処から来るの? 」

「 …え 」

「 その赤ちゃんを抱えている人は苦笑しちゃったし、リフィル先生は浅葱お姉ちゃんに聞きなさいって前に言ってたよ? 」

「 ……えぇ… 」

「 お姉ちゃん、教えて? 」



ここでわからないとか言ったら物凄く残念そうな顔をするんだろうな。久々に此処までキラキラと笑顔が輝いているのにここでしぼんでしまったら確実に私のせいだろう。というか、紛れもなく私のせいなのだけれど。リフィルめ、丸投げしやがったな!



「 赤ん坊はね、お母さんのお腹から生まれて来るんだよ 」

「 …え!じゃあ、お母さんのお腹が裂けるの? 」

「 体の弱くて体力のない人はそうだね、お腹を裂く時もあるけれど。ちゃんと生まれてくるように人間の仕組みは上手く出来てるんだよ 」

「 …いたい、よね 」

「 うん、物凄く痛いんだって。それでも、 」



うんと優しく笑って、



「 母親は子を産むんだ 」

「 なん、で? 」

「 小さくて可愛くて愛しくて、大切で大事だから。この言葉だけでも表現できないぐらい子を愛してしまうの。だから赤ん坊も子供も可愛いんだよ 」



そう頭を撫でてあげると、何処かの本で読んだ言葉が浮かぶ
『人とは可愛いものだねぇ』と一度愛されてしまえば、愛してしまうのだと。何処かの本の中で優しい声色で言っていた。だから、私もこの子に精一杯の愛しさを溢れるくらいにあげてしまうのかなあ



「 あとは、母親になる覚悟。勇気というか、大切なのは心を強く持つこと 」

「 …お母さんになる勇気? 」

「 うん。赤ちゃんを産むって簡単のようで簡単じゃないって事 」

「 でも、その勇気があったら、あのお母さんみたいに幸せそうに、笑える? 」



不安そうに私を見るエールの表情は少し暗い。
だから、その表情に私が魔法をかけてあげる



「 笑えるよ。幸福を手にした人が皆そうであるように、エールも笑える 」



だから、今も笑って。幸せだって。
私にそれを話せて嬉しいって、笑って。そうしたら私は此処にいる意味を自分に聞かなくてすむから。貴女が、少しでも笑顔で幸せでいてくれれば、私の存在理由が、そこにある気がするから



「 そうだよね!浅葱お姉ちゃんありがとう! 」

「 どういたしまして 」

「 カノンノにもお話してくるね! 」

「 いってらっしゃい。こけないように気をつけるんだよ 」



駆け出そうとしていたエールがピタッと止まって振り返る。その綺麗な目には確かに私が映っていて、私はその瞳の中で優しい表情を浮かべていて。初めて、あの子に接している時の私の顔を見た気がする。この表情だから、あの子は私の事をお姉ちゃんって呼んでくれるんだろうか



「 お前、エールに甘すぎじゃねェの? 」

「 ふ、スパーダ。的を射たようなことを言うな。揚げ足取られても困るだけだぞ 」

「 だったら困ったような顔しろよ 」

「 うーん。じゃあ30秒時間くれ、目薬差すから 」

「 嘘泣きもできねェのかよ!! 」

「 まあ、スパーダ。私は確かに甘いかもしれないな。優しいって言うのは違うし 」

「 急に真面目にすんな! 」

「 優しいと甘いって、大きな違いがあるよねぇ 」

「 おい!話を聞けって!! 」



優しかったら、覚悟を決めてあの子をこの船から連れ出して普通の生活をさせていたのに。甘いだけの私は此処から連れ出すことなく、甘い甘い蜂蜜を与えるように予備知識を飲ませていくだけで



( 今更厳しくなんて、出来ないや )
( はあ? )
( スパーダには、わからないかもしれないね )
( おい、ちょっとなンだよ、それ! )

11/0130.




- ナノ -