ゆっくりと息を吸い込んで、唇を震わせるように音を吐き出す。風の冷たい夜の暗い中で静かに消えていく声をただ歌う。覚えていた曲はなんだったっけ?好きな曲は?何度も何度も考えて、忘れてしまいそうだから繰り返すだけで。歌詞なんか所々すっぽぬけちゃったから「ふふん」とか言って誤魔化したら、無性に悲しくなった



「 あれ、止めてしまうんですか? 」

「 うん 」



聞こえたのは高いソプラノのような声でそれに頷いただけ。それだけで私は聞かれていた危険とか、何もかも考えてしまうからろくな返事が出来ない。この聖女、リアラはいつも私のきわどい時にやってくるからたまにボロが出てしまいそうだ



「 どうして? 」

「 この先覚えてないから。忘れちゃったんだ 」

「 …それは、『記憶喪失』だからですか? 」

「 うーん、どうかなあ 」



誤魔化すように笑みを浮かべるとリアラには見えたのか、警戒したような声が聞こえた。でも忘れたのは本当だし、歌詞が所々抜けるとやる気がなくなるのも誰にだってある話だ。それはそうとしても、なんでこんなに警戒されちゃってんのかなあ、私



「 浅葱さんは、 」

「 敬語は止めてほしいなあ。慣れてないから、くすぐったいんだ 」

「 …わかったわ 」



可愛い女の子の真剣な顔ってどうしてこんなにもピリピリしているように見えるんだろうね。私は平気そうにへらへら笑みを浮かべているけれど、心がこんなにも焦ってるだなんて。余計な事喋らなきゃ良いんだけど



「 浅葱は、どうしてわたしとカイルが異世界から来たっていた時に驚かなかったの? 」

「 顔に出なかっただけ、じゃない? 」

「 …なら、どうして、 」



月明かりがぼんやりと甲板に広がった



「 どうして、あんなに悲しそうな顔をしていたのかが、わからないわ 」

「 …じゃあ、リアラはどう思うんだ? 」

「 浅葱が、異世界から来たんじゃないかって 」

「 うーん、それになんて返したら、リアラは気分がすっきりする? 」



冗談のように聞こえそうな私の言葉に、リアラが顔を上げて私を見た気がした。薄暗い中じゃ表情はあまり見えない。だけどリアラは私に何を思ったんだろう。仮に本当の事を言ったとしてもそれですくわれるわけではないと、彼女は知りながらも。私に一体何を求めたんだろうか



「 例えば、異世界からきたよとか、記憶がないからわからないとか、嘘でも答えとしてのバリエーションはあるとは思うけど、それを聞いてどうしたい? 」

「 え? 」

「 リアラは知って、どうしたい?行動にうつすもうつさないもリアラ次第だけれど、それを望んでいなかったら?それを、知られる事が嫌だったら? 」

「 わたし、は 」



知っても罪、知らぬも罪。うまい事を言ったつもりの愚か者がいました。
そもそも人間の始まりの彼女は、りんごを知らなければ食べなかったんでしょうか?知らなくても手にしてしまっていたんでしょうか?今を生きている私達にはわからないことです



「 なーんて、私は空っぽだから知られる事はなにもないんだけどねえ 」

「 空っぽ? 」

「 正直、記憶喪失よりもそっちの方があってるんだよ。空っぽ、何もしまわれてないところ。だから、リアラの異世界も信じられる。だって疑う意味がわからないから 」

「 …うたがう、いみ 」

「 怪しかったら、疑うよ?でも、リアラは話してくれた。出会って間もない私に。だから、信じる 」



正しくは信じる、じゃなくて



「 信じたんだよ 」



あのときに。私は君を信じた。画面の向こう側でも私は貴女を信じた。
私への質問をはぐらかすように口を滑らせていくと、リアラがゆっくりと瞼を落としてそっと唇を開いた



「 わたしには、わからないわ 」

「 わからないなら、わからないままでいい。知らないならはじめから知らない方が良いんだ 」

「 …どういう、 」

「 踏み出す時は、覚悟を決めて自分の心を強くもったときにしなさい。じゃないと傷つくだけだよ 」

「 …浅葱? 」

「 ほらほらー、そろそろ寝ないとその白い肌があれちゃって、透明な目元に隈が出来ちゃうよー? 」



おちゃらけたようにホールへと促す私の手に軽いリアラの身体が押されて。笑みを作ったままの私に振り返ることもなくリアラはそのままホールに入っていく。これでいいんだ、これが私にとって一番正しいって、何度も何度も心のうちで繰り返して



( これじゃ、嘘吐きじゃなくてピエロだ、なんて )
( 上手く笑えなくて )
( ただ、違う曲を口ずさむ )

11/0129.




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