拗ねた子供のように黙り込んだまま一人で仕事を請けて出て行ってしまったエールを私はコーヒーを飲みながら、ホールの椅子に座って待つ。いろんなことを言ってもうんともすんとも言わず私をただぎゅっと抱きしめて、悔しそうに私の服を握る拳と唇を震わせていたのに。突然、ふっと服から手を離しふらふらと仕事へと出て行ってしまったのだ。心配で、心配で、正直コーヒーの苦味もわからない



「 浅葱ちゃん、心配しなくても 」

「 ゼロス、黙ってろよ 」

「 …『もしも』が一番怖いんだよ 」



どんな時もどんな可能性も。『もしも』を考えてしまうのが一番怖い。それを考えそうになるだけでカップを持つ手も震えて落ち着かないって言うのに。お願い、早く帰ってきて。そう思えば思うほど、コーヒーに情けない顔だけが映る。



「 浅葱! 」

「 どう…し、た 」



スパーダ。そこまで続かなかったのは、彼が傷を追ったあの子を連れてきたから。で、あれ?頭の中で色んな術式が飛び交って、でも、急がないと、急いで回復しないといけないから、だから、痛いのから早く解放して、それで?それで?



「 浅葱、何をしているんですか! 」

「 ! ジェ、イド… 」

「 貴女は術を使ったらどうなるかわかっているんでしょう。今度は本当に危険かもしれませんよ 」

「 は、早く、回復してあげないと、わ、わたしが、私が、 」

「 浅葱! 」



椅子から立ち上がらせてもらえず、コーヒーに泣きそうな少女みたいな顔が映った。肩を上から押されて立つことが出来なくて傷ついたエールを見つめる事しかできない。この状態からでも術を解放しようとすればジェイドに手刀やらなにやら、どんな方法を駆使してでも止めてくるはずだ。でも、



「 落ち着きなさい!今度こそ術を使ったら死ぬかもしれないのもわかっているでしょう! 」

「 別に、死んだって構わない! 」



消えかける身体も、私の心も。
そういいかけたとたん、首にヒヤリと冷たい感触が、した



「 浅葱、もう一度言います。止めなさい 」



近くでティアが回復の声を出すのも何もかも聞こえているのに、首が妙に寒い。殺意のないスピアがそっとあてられて、ただ寒いだけ。冷たいだけの、矛先に何故か笑みが浮かんだ



「 何を止めれば良い? 」



暴れる事?嘘をつく事?本当を隠す事?
この話のこと?此処にいちゃいけないのに此処にいること?



「 何を、とは 」

「 …いや、くだらない事を言った。申し訳ない。 」

「 いえ、わかったなら問題はありませんが 」

「 嘘吐きが取り乱すなんて、ダメだよな。色んな意味で落ち着いたよ 」



へらっと笑う顔が苦い飲み物に映る。気持ち悪いぐらい偽者の笑みだって私は思うぐらい上手く笑えていて周りの皆がホッとして表情を和らげるのと、スピアの冷たさが消えるのを感じながらどうしようもない胃のムカムカに、自分自身へ皮肉のように



「 やっぱり痛いのも、嫌いだから 」



呟くようにそう言ってから周りをそっとのぞき見ると数人納得のいかないような顔つきで私を見ている。本当を見抜いたのか、私の言葉に引っかかったのかわからないけれど、本気で取り乱してしまったから、あとでフォローしないとなあ



「 それはそうと、浅葱ちゃん術の使用禁止なの? 」

「 あー、うん 」

「 術を使うと、身体を壊してしまうんですよ。身体に合わないんじゃないですか? 」

「 どうだか。っと…私、エールを部屋に運ぶから 」



ひらり、と軽く手を振って立ちあがり、エールをいつかのクロエのように抱えた。少しふらふらするけれど何とかなるだろう。この子の為ならっていつでもやってきたのだから、今更横抱きで運ぶ事なんてなんの苦労もない。
あるとすれば、



( お姉ちゃんが嘘吐きでごめんね )
( 本当は、本物でもない偽者の嘘吐きで )
( この世界のまがい者なんだ )

11/0123.




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