もう、終わった。重なる爪音、飛ぶような音。真正面から獲物めがけて走ってくる姿に私はどう言えばいいんだろう。死にたくないだとか、まだ生きていたいだとか、叫べば誰かが助けてくれるわけでも無さそうなこの場所、この時に、一体何を願えばいいんだろう。神様なんていないのに。


こんな時に限って人は言うのは『神様は意地悪だ』という言葉。でも意地悪の問題ではないし、結局これは神様の悪戯でも何でもない生存戦争の一部なんだから、もういっそこの身体を差し出したほうが早い。こんな時になんで『あきらめたらそこで試合終了だよ』って幻聴が聞こえてくるんだろ。もう目を瞑って覚悟を決めたのに。



「 旋桜花ッ!! 」



ああ、もう全て幻聴だ。このザンッともザシュッとも言えない音も。カノンノの声も。ウルフの怯える様な小さな唸りも全て全て。死にたくないからそんな事を思っているだけなんだ。だから、だから、もういっそ、一思いに



「 大丈夫?怪我してない? 」



え?



「 あの…? 」



困ったような声に私は目を開けると目の前にはピンク色の髪に透き通った黄緑の瞳。青と白を基調としたような服を着た外人がしゃがみ込んでいた。いや、外人って言うべきか、極度にカノンノに似ていると言うべきなのかはとても悩むけど。



「 怪我は、してないと思う。何処も痛くないし 」

「 そう。よかった 」



身体が軋むのはこんな所で寝ていたせいだから痛いとはいえない。それにこんなところで無防備にも眠っていた私はどうして魔物に襲われなかったんだろうか。いや、魔物とか実は中身人間かもしれない。だって、此処は夢の中なんだから



「 すいません、此処は? 」

「 此処?アメールの洞窟だよ。貴方は何処から来たの? 」

「 何処から、と聞かれると… 」



困る。なんとも答えがたい。それに頭の中でアメールの洞窟+オタオタ+ライニネール=グラニデという公式まで成り立ってしまった私は上手く呼吸が出来なくなりそうで、真っ直ぐな黄緑色の瞳と目が合うたびに名前を聞きたくなる。だけど、それを聞いてしまったらいけない気がして、口が上手く動かない



「 うん? 」

「 …何処からか、わからないや 」



私の部屋のベットから。そうはいえなかった。きっとは?って言われるのは目に見えているし、そんな幻聴も今にも聞こえそうでついには目まで回ってきそう。



「 そっか… 」



本当は嘘だなんていえないから。何も掴まずに握り締めて、息を吐く。震える唇も指先も肩も全て。何もかも止まってしまえばいいのに。そうすれば、きっと今の嘘さえも消せるような綺麗な嘘を思い浮かべる事が出来て、この子に迷惑をかけないようなシナリオまで描けたはずだった



「 あなたの名前は? 」

「 …浅葱 」

「 私は、カノンノ。浅葱って綺麗な名前ね 」



カノ、ンノ?今、確かにカノンノって、



「 ファミリーネームは? 」



心臓が早まる。きっとこの先は変わらない。思い浮かんだファミリーネームと一致するのもわかってはいる。だけど、わずかな可能性でこれは夢だという事になる。



「 イアハートだよ 」

「 ! 」

「 浅葱? 」



夢じゃない。夢じゃなかった。でもどうしてこうなったの?何で?私は地球の日本って国の中の屋根つきのお宅でぐっすりと眠りについてて休みだひゃっほーとか思いながら明日は何しようかなとか、TOW2面白いなあ、明日は雨降らないといいな。なんて考えて寝ていたはずなのに、どこでどうしてこうなったんだろう?



「 どうしたの? 」

「 カ、カノンノ 」

「 なに? 」

「 ここの、世界名、は? 」



大丈夫。これさえ違えばきっと夢だっていえる。だから、どうか、どうか…



「 グラニデって言うんだけど、浅葱は忘れちゃったの? 」

「 …うそ、だ 」



最終確認、完了。そう頭の中でカチ、と音がした。彼女、カノンノが言うには此処はグラニデのアメールの洞窟ってところでそこに私が寝てて、起きたらウルフに囲まれて、それを助けてくれて本当は感謝の気持ちいっぱいになるはずなのに急に宣告された真実に息苦しい。

ただ、今わかったのは



( ただ突きつけられたそれに )
( 無意識に地面に食い込ませた指 )
( 今にも叫びだしそうな腹底 )

10/0812.




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