朝から『ジェイドさんから聞きましたが、身体の調子が良くないんでしょう?最近は働きづめだと聞いていますし、よくなるまで休んでくださいね』と子供船長に言い渡されてしまった私は、膝を立てて干されたシーツの間で海を見ていた。昨日よりも脹れの引いた腕や身体は、体当たりなどをされなければ酷く痛まない。多少の痛みは自業自得なんだろうけれど
「 あらあら、可愛いお顔が台無しですよ 」
「 パニー、ル 」
いつもみたいな優しい顔で、お気に入りの恋愛小説を持ったパニールが私に笑う。私はパニールに顔を合わせることが出来なくて、膝の間に鼻先をうずめるようにすると隣に座り込む声と、忙しない羽の音が静かになって本がコトンと置かれた
「 最近は、そんな顔をあまりしていないと思ったんですけれどね 」
「 え? 」
「 浅葱さんは、この船にきたばかりの時から最近までずっと悲しげで、今にも泣きそうで壊れそうな表情をしていたのよ 」
「 こわれ、そうな? 」
「 ええ。触れたらすぐに音を立てて壊れてしまいそうなガラス細工みたいだったの 」
パニールの声が妙に頭に優しく響いて、小説のような言葉が並べられているのにすっと入っていく。
「 エールさんの前ではいつも『お姉さん』なのに、一人にするといつもその顔をしていたわ 」
「 そう、だったんだ 」
エールの前ではしっかりとした『お姉ちゃん』でいられたなら、いいや。本当はカノンノの前でもそうなれていたって教えてくれたらもっと落ち着けるのに。なんて欲張る心のままパニールを見ると、包み込んでくれそうな微笑みを浮かべて私と目が合う
「 浅葱さんが、きっと私なんかに言えないことがあるのもわかっているのよ 」
「 パニールは『なんか』じゃない、 」
「 いいえ。私を過大評価されたら困っちゃうわ 」
苦笑したようなパニールに私は首を横に降るとまた、痛む。でも、それよりもこんなに優しい人に悲しい顔を、辛い顔をさせたくなくて、無理やり顔をいつもより元気に見せようとすると柔らかくて、小さな手が私の頬を、撫でた
「 迷惑かけていいのよ 」
たった一言。
それだけなのに、胸が苦しくて
「 迷惑は何をしたってかけてしまうわ。皆、誰かに何度も、繰り返すみたいに迷惑をかけて、助かるんだわ 」
苦しくて、暖かくて、目元が滲む
「 人を手伝って助からせても、自分が助からなきゃ意味がないもの。それに、 」
「 それに? 」
「 家族なんだから、迷惑をかけるのは当たり前よ 」
「 か、ぞく 」
幼子みたいに呟いた私に、母親みたいに微笑んだパニールは雰囲気が暖かい。シーツの間からの木漏れ日も、海風も、何もかも優しく思えて戦いの不満がゆっくりと薄れていく。
「 この船にいる限り、皆、私の家族なの 」
「 …じゃあ、 」
聞くのが、怖くて、唇が震える。いつもみたいにまた下唇を噛んで鼻から息を吸ってゆっくりと呼吸をしてから唇を、開く
「 私は、パニールの家族の中に、いる? 」
泣き出しそうなのをこらえてパニールを見ようと視線を左右に動かす。視線の先にいたのは――波風に羽を揺られて、
幸せそうに笑う
「 当たり前よ。子供達の、お姉ちゃんだもの 」
頬を伝う、透明な味は( ただ、しょっぱくて )
( 声を上げて泣いてしまいたいほどに )
( しょっぱい )
11/0119.
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