私のコートを抱きしめたまま眠るエールを見ていたらなんだかほっとして、逆に眠れなくなってしまった。あの柔らかい笑みを浮かべて眠るのを見てしまったら自分だけ収まらない鳥肌に息を吐きながら、ふらふらと廊下を通り抜けてホールからでてまた息を吐くと、白い息が紺色の空にあがって、消える
「 …浅葱か? 」
月明かりの下で煌くような髪が落ち着いた金色で輝く。誰かなんてわかっているけれど、名前を呼ぶのも最近なかったな。と足音を立てないように近づきながら軽く手を上げる。
「 ガイの趣味は天体観測だったのか?知らなかったよ 」
「 今日はたまたま此処に来ただけさ。浅葱はどうしたんだい 」
「 私も、たまたま、だ 」
頬を撫でる風が、鋭く刺すように流れていく。その痛みに『海の夜は冷えるんですよ』とチャットがよく言っていたのを思い出して白衣のポケットに手を突っ込んだ
「 隣、失礼していい? 」
「 もちろん 」
ポケットの中の手は寒さで少しピリピリとしていて、外に出すのが億劫でそのまま隣に座る。目の高さが近づいたせいか、ガイの青い目が間近で見えてちょっとだけ羨ましい。私は日本人だから、そんなに個性的な髪の色じゃないし金髪碧眼ってどこかあこがれるところがあるどころか、そうなってしまいたいくらいだ
「 俺の顔に何かついてるかな? 」
「 ついてないよ。ただ、ガイとこうやって話すのが久しぶりだなあって。それに久々に顔をあわせた気がするし 」
「 それも、そうか…。だけど、それでジロジロ人の顔を見る理由にはならないぞ? 」
「 顔を忘れそうになってました 」
「 嘘だろ?! 」
「 一週間くらい会わないと顔のパーツが一つ一つ消えていきます 」
パズルの逆バージョンのように、一つ一つ欠けていくように。残念ながらパパ組には毎日会うし、エールも毎日だ。パニールもカノンノも、食堂やホールによくいるメンバーはすぐに顔をあわせるから忘れはしないけれど、部屋にこもってたり完全にすれ違ってしまうと顔にもやがかかってくる
「 まあ、それも俺の所為か 」
「 別に痕も残ってないし気にしてないぞ?人間切羽詰ればしょうがない事だってあるだろうから 」
「 そう言われても、エールに完全に嫌われちまったのも元の原因が俺なのにかわりないさ 」
「 何言ってんだ 」
思わずガイの頬を摘んで伸ばした私は、どんな顔をしていたんだろう
「 私だってガイの立場だったら同じ事をしていたよ。それに嫌われたとか言ってるけれど、生理的に無理って言われてる訳じゃないんだからそのうちあの子だってちゃんと理由をわかってくれる 」
「 浅葱…? 」
「 ガイは前に私に謝った。まあ、確かに女の身体に傷をつけたっていうのは男性として気になるかもしれないけれど、本当に痕は残ってないから気にしないでほしい 」
そっと摘んでいた指を離して、手をポケットの中に戻す。波の静かな音が耳をかすめるように小さく響いて、あわせるようにゆっくりと息を吐くと白くなって薄れるように消えていった
「 わかったか? 」
「 ああ…だが、 」
「 だがもなにもないだろ。それともなんだ、私に許してもらいたくないのか?まさか、私の説得なんて何一つ響かなかったと?! 」
「 そういう、わけじゃないんだ 」
力強い声に、ふいに視線を向けるとガイは切なげに目を細めて笑っている。この表情の意味はわからない私は、自分が子供の事にふと気付かされたように頭が冴えていく。子供の表情とは違うまるで恋をしているような、切なく恋焦がれているようなこの目、は
「 ガイ、 」
「 どうした? 」
「 そんな顔されたら『意地悪したくなるよ』 」
困るといえば傷つけただろう。ごめんって立ち去っても彼を傷つける。だから、私は知らない振りをするようにいつもどおりに振舞って笑うしかできなくて
「 なんて、な 」
どうか恋が優しい眠りへつけますように( 最後に男っぽく言ったのは、無意識に傷つけるのを拒んだから )
( 彼はいい人だから、傷つけたくはない。それ以上に誰も傷つけたくはない )
( だから、柔らかなクッションを間につめていく )
11/0114.
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