「 おや、早いお帰りですね 」



あの赤い瞳の持ち主がそうやって口元に笑みをつけ、ゆったりと弧を描くのが想像できて何処となく息苦しい感覚に、目を泳がせるどころか壁一枚先のあの男に話を聞いていることを気付かれるのではないかと思う。あの男の言葉で動揺するなんて、と吐き捨てたくなるような気持ちを握りつぶるように指先に力を入れる。忘れよう、そんな事を考えて戦えば命なんて、すぐになくなる



「 途中でナパージュの学者に会い、詳しく話が聞けると思って連れてきました 」

「 おい、こっちだぞ 」




ティア、ガイの順番に聞こえたその声に空気を肺に送り込み、下を見ていた視線をあげるとぼんやりとした色の指先が見える。明かりのせいではない、その指がぶれるように、透けるように揺れる

そんな私なんて知らないとばかりに耳を通り抜けるホールでの会話を廊下に響き、また私へと反響した。じわじわとくるような痛みが指先にかかるのを感じながら私はしゃがみ込む



「 …素晴らしい 」

「 はい…? 」




きっと銀髪のお姉さん、リフィルが遺跡好きを発揮してるんだろうな。ジェイドはきっと不可思議な表情をしていて、周りは驚いて。考えればわかるその表情とは別に、私はただ意味のわからない状況に怖がって、しゃがみ込んで立ち止まるだけ



「 するぞするぞ、この船から遺跡の匂いが!!伝説にうたわれるバンエルティア号が実在するのであれば、きっとこのような… 」

「 その、まさかですよ。驚きましたね。この船についての知識をお持ちとは 」




なにしてるんだろう。後悔しない道を歩く、なんてかっこつけた私はこんなにも弱いのもあの赤い瞳は見透かしたように言ったのに。今だってあの赤い瞳はそうやってリフィルから話を聞きだそうと考えているんだろうとは思う。点滅する指先は、まるでともし火の消えるような花火のようで傷みとは別に綺麗にも思えた




「 素晴らしい!とうに失われ、文献の中でのみ見るものと思っていたが、こんなところ出会えるとは 」

「 …この前言ってた、船が空を飛ぶって話か?おとぎ話を真に受けるなんて、馬鹿馬鹿しい 」

「 その意見ももっともですが、古代の文献について知らなかったご自分を少々省みる必要があるのではありませんか? 」




リフィル、キール、ジェイド。三人の声の熱の差が妙に廊下に響いて、指先がじわりと痛む。薄い色、透明。色がないわけじゃないそのものは花火の残像に似た、何か。



「 まあ、とりあいず話を聞きましょう。ナパージュの皆さん、ゲストルームへお通しします。 」



まずい、と立ち上がり手をポケットに入れてゆったりと呼吸を繰り返す。脳裏にベッタリと張り付いた手の変化、色、感覚に背中に流れた冷や汗を気のせいだと頭を横に振る。何も知らなかったと、何も見ていないと子供に言い聞かせるように



「 浅葱? 」

「 … 」

「 様子が変ですね、浅葱? 」

「 …いや、船酔い、だ 」

「 大佐、私は浅葱を部屋に連れて行きます 」

「 いえ、このまま連れて行って一緒に話を聞いていただきましょう 」

「 ですが、 」



本当に鬼だな、この男は。思わず舌打ちしてしまいそうなその現状にゆったりと船酔いらしく壁によりかかる



「 構わないよ、連れて行ってくれ 」

「 随分と物分りがいいですね 」

「 弱ってるもんでね 」



赤い瞳が歪む。まるで彼に翻弄されているような包み込まれているような感覚に船酔い以上に吐き気がした。人に見透かされそうな感覚とはこういう事なんだろうか、と考えてしまいそうな余裕のあるらしい。私はそんな考えからはなれるように背中を壁から離した


使
( よくわかってらっしゃる )
( そう呟くように言えば )
( 人の事を言える立場ではないでしょう?と赤は言った )

10/0913.




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