奥へと歩くほど、薄暗く。足元の色も青緑色に変わっていく。血塗られたサンゴ礁、と呟く私の声に足を止めて目を向けてきたセネルは、また俯いて私から目をそらした。セネルったら、どうして私をそんなに怖がっているのかしら?なんてわざとらしくいいながらちょっとお茶目な感じで小突いてあげたいところだけれど、残念ながら魚がですね!目の前から走ってくるので、ちょっと余裕が、



「 クロエとここへ来た事がある 」



ないんですよ!どこかの海中で見た魚よりも妙に色が悪いというか、なんか新鮮さにかけるというか、魚肉ソーセージにもしにくそうな完全に刺身にもしにくそうな深海魚のような色の魚が走ってくる。いや、正直に言えばさ…怖い。何よりも怖い。食べ物で遊んじゃいけませんって言うけれど、食材でこれってどうなんだろう



「 あいつは、『自分の旅はここで始まった。帰る家はもうないが、ここに来れば目的を忘れる事もない』と言っていた 」



けして早くないペースで喋るセネルの声。
けして遅くないスピードで近寄ってくる魚。



「 自分に迷いが生じた時はここへ来て、自分が果たすべき事を思い出すようにしていると… 」



零れ落ちる言葉がゆっくりと地面に沈んでいくのを感じながら、腰の重さを引くかどうか悩んだ指先が柄を掠る。数歩前に出て独りで戦闘をして雰囲気を守るべきか、それとも自己負担を減らし、より効率的に刺身にするべく皆でボコボコにするか。悩みどころだと思います



「 思い出す事って…何? 」

「 ここは…、その…、 」

「 なあに? 」

「 …あいつの両親が殺された場所だ、と聞いている 」



カノンノ、セネル、エール、そしてもう一度重たい声色で、搾り出した声はセネルのものだった。振り返りたくても、振り返れないこの場面に私はゆっくりと音を立てないように足を前へ進ませる



「 両親を失い、騎士だった家はあっけなく取り潰された 」



まるで、クロエの言葉そのものを言う彼の声を聞きながら



「 その頃のクロエはまだ幼く家を守る事が出来なかったんだ 」

「 そんな…、幼い頃の自分を責めても… 」



気持ちを理解して、受け入れようとするカノンノの声を頭に響かせながら。聞こえなくなったエールの声の意味を考えながら、いつかのように今度は掠らない様に、そして迷わないように一息で握りこんだその感触は少しだけ、ざらついていた



「 …俺もそう思う。だが、ヴァレンスの家名はクロエの誇りなんだ 」



なんて重たい言葉なんだろうとおもってしまうような一言とほぼ同時――



「 そして誇りは騎士の魂。あいつは…、家を立て直す事を義務だと思って生きているんだ 」

「 自分を『追い詰めて』まで? 」



――私は鞘ごと、腰のベルトから愛刀を引き抜く。カノンノの一言に揺らがないように、もう迷う事は無いように。弱い自分をちゃんと一人のときだけ、誰かの前にさらす事の無いように誓いたくて勢いよく、抜けたはずのその鞘の先



「 …悩んでたんだな。家を立て直す決意が、今のギルド暮らしの居心地の良さで鈍ってきた… 」



刀の刃を出さないように鞘に巻きつけていた紐がベルトに絡みつく。まるで、それを拒むように。私の誓いを、『私』が拒むように



「 だから、船を出た。クロエはここにいるはずだ。きっと、ここにいる… 」



この行為すらも、私が私を追い詰めているのだと言われているような気がして、目の前の魚を思いっきりにらみつけた。ほんの少しだけ、八つ当たり。ほんのちょっとだけ、かっこつけた自分が恥ずかしくなって、



( …まずい、ひっかかって抜けない! )
( お、おお、おねえちゃん、じゃあ逃げて!えっと、ど、どうしよ )
( な、なにこれ!どこがひっかかってんの!?もしかして絡まってる…なんて )
( …絡まってる )
( どうするの!刺身計画! )
( 食うな )

11/0624.




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