ざあざあ、とずっと音がしている。あの会話から雨が降ってきてもここから動けなくて膝を抱えて震えて、私自身の声を聞こうと耳を傾けていたのに、私はどこかへ言ってしまったようで一言も聞こえない。あの悪態ついて、皮肉めいて、それでいて私自身は、私の中で疲れて眠ってしまったように異常な静かさだけが胸のうちに響いている。



「 そこで何をしている 」



ため息交じりの声が耳にやさしく響く。
雨だけだった世界に違う声が聞こえて、少しだけ耳を塞ぎたくなるけれどそれを我慢してずぶぬれになった髪の間から様子を見るようにそっと覗くとリオンが傘を差して私の前に立っていた。それも奇妙なものを見るような目で。悔しいが仕方がない。私もリオンの立場だったらそうなると思うし



「 おい、聞いているのか 」

「 …うん 」

「 …、お前は 」



何かに気付いたように一瞬細めた目に私の肩がわずかに揺れた。自然と揺れたその肩をアメジストの瞳が見ている。私の考えていた事を知っているとばかりに。わかってしまったと、そんな表情で口をひらく



「 …今までやってきた事が間違いだと思っていないんだろう 」

「 うん、もちろん間違いじゃない。間違いなんかじゃない 」

「 それなら、後悔するな。後ろを向く必要もない 」



私は、リオンに対して何も知らないくせに。と声に出す事が出来ないからただ俯いたまま、雨に打たれたままで目をそらす。彼は私以上に強く脆いことを私の脳がそういっていたから口を閉じて、彼の薄い唇が動くのを雨音を聞きながら待つ



「 なにを、お前は恐れているんだ 」



雨と同じように降ってくる言葉を、待つ



「 お前が歩いてきたものや守っているものに後悔をしているわけではなさそうだが 」

「 後悔、じゃないよ 」

「 …ならば、何故踏み出さん 」

「 後悔は後ろ。私が、私が踏み出せないのは、 」



もしここで踏みとどまれなかったら、きっと転がり落ちていってしまうような気がして。底の無い闇の中に。ただの真っ暗のなかで息苦しそうに呼吸を繰り返すような、終わりの無い底へと落ちていくような気がして、目の前の穴に飛び出せないのかもしれない。そうしゃがみ込んで、俯いている私を見下ろしながら、リオンは目を細める。



「 先か 」

「 そう、だね 」

「 落ちるとわかっているから踏み出せないならば、 」



このリオンに答えがあるような気がしていた



「 いっそ、底まで落ちろ 」



どこか期待していたと正直に私の心が頷く。踏み出せば闇。だけれど、彼は踏み出していった。強く、力強く、踏み出して戦った彼の言葉だからこそ、妙に説得力があって、上からの言葉なのに納得してしまいそうになる。一人の女性のために、戦う勇気が私にあるかどうかは、考えなくとも彼は知っているのだ。



「 おち、る 」

「 ああ。落ちろ 」

「 それができないから、私は 」



こうしてしゃがみ込んでしまっている、抵抗してしまっているこの私を。彼はそんな事がどうしたとばかりに私を見下ろし皮肉気な笑みを浮かべたまま、



「 僕は、お前のその姿が苦手なんだ 」



そう呟いた。その表情の意味を頭の中で計算してしまっている私はぬれた髪を手で避けてそっと目線をあげる。ぼんやりして見えるその世界の中で白い肌に映える黒い髪、そして紫の強い瞳がどこか、悲しげに見えた。だけど、彼は私に



( 挑戦的な笑みに変わるその言葉は強かった )
( 眩しく思うほど、強かったから )
( 押されるようにその暗闇に、この先へと落ちていく )

11/0616.




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