最近、足音を慣らさないように歩くようになってしまった気がする。ハロルドの薬のおかげで痛みがないあの症状。痛みが無いというのは私が消えかけている姿に気づけないという訳で。流石にそれはまずいと思って『もしも』にそなえてそういう動きをし始めたことに、少なからず気付いた人がいる。言わずもがな、パパ組だ。最近娘が奇行に走っていると思っているらしい。心外だ!



「 ディセンダーよ、負と戦うつもりか? 」



ホールに入るための入り口の前で立ち止まった。今の声は確かニアタだった気がする。彼らはどこか特徴的な声を持っているからなんとなくはわかるのだけど、彼らが口にした名前は確かに『ディセンダー』といった。つまり、今、ホールの中にいるのは



「 私は今までにも、負と戦い続け、共倒れになっていった世界を見てきたよ 」



きっと、エールだ。

そう思ったとたんに足が床に張り付いたみたいに動きたくなくなる。この話は、確か本当に大事であの子が進んで決断を、自分の正義を示す時だと頭の片隅で私が言う。だから、ホールには入れない。だからといってここを動いて、あの子が出した大切な結論を聞き届けたいと思うのは、ずるいことなんだろうか



「 負は、打ち負かすものではなく、越えるもの。 」

「 こ、える? 」

「 戦う、にも意味がある。ただ、従わせる為に、消滅させる為に戦うか。守る為に戦うか 」




そっと壁に寄りかかって耳を済ませるだけでその声の強弱が胸の鼓動と重なる。感情を押し付ける訳でもないその声は、教えを説く信者のようで心地よく響いていく



「 そして、相手の心にぶつかる為に戦うか 」

「 たたかう、意味… 」

「 まあ、その意味はそなたが決めなさい。ディセンダーよ、どうしたい? 」




どうしたいか。私も確かにそれが知りたい。あの子を望む事を優先させてあげたいという名づけ親の心というか家族としてお姉ちゃんとして、精一杯の甘やかしをしてあげたいという甘ったるく、ジェイドに言わせればガムシロップのような甘さを注いであげられたらいい。良いか悪いか、そんなのは後で決めればいいって思ってしまうほどに



「 わたしは、この世界が好きなだけだよ 」



思ってしまうほどの甘さを割く様な、強い声



「 あったかくてやさしくて、皆がだいすきだし、この世界には暖かいものが沢山あるってお姉ちゃんが教えてくれた。この世界の事はまだそんなに知らないよ?知らなくても、皆が大切だって、すきだって言ってくれるこの世界は、すてきなものなんだって、みんなおしえてくれる 」

「 ディセンダー… 」

「 わたし、みんながいる世界が、ゲーデの声も聞こうとしてくれている優しいお姉ちゃんがいる世界が、だいすきだから 」




おだやかでいて強い声がホールに響く。だいすきだと、暖かいものがあると、あの子なりの表現が頭のじんわりとしみこむ。



「 負は、敵じゃない。わたしたちなんだって、思うから。わたしは、寂しそうなゲーデの手をにぎってあげて、お姉ちゃんみたいにぎゅうって抱きしめてあげて、この世界はゲーデの思っているところじゃないんだって、教えてあげたいの 」



お姉ちゃんが抱きしめてくれるみたいに、抱きしめたらきっと思いが伝わると思うんだ。と、小さな声が聞こえた気がした。不確かだけれど、あの子の強さが聞こえてくるようでほんの少しだけ歯がゆいというか、無神経のようだけど笑みがこぼれてしまう。だけど、次に聞こえた声が、



「 それでいい 」



あまりにも穏やかで、



「 闇を越えなさい。向き合うのだ、負と。逃げてはいけない 」



優しい子供を見守るような声だったから。
この笑みは間違いじゃないんだと思ってしまう。正しい表情をした時の誇らしげな気持ちが湧き上がってくるようで



( それは、優しい言葉だった )
( それは、勇気付けられる言葉だった )
( それは、間違いじゃないと教えてくれた )
( 私は、君に、優しいを教える事が出来たと思わせてくれた )

11/0608.




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