暗闇の中、動くものがあった気がして目を止めた。小さな声で何かを呼ぶような声に耳をすませると聞きなれた声が近づいてくる。もぞもぞ、と動いて小さな声で「おねえちゃん」と私を呼んで、ぎゅうっと私の手を握った君は多分いつもみたいに笑っていたんだろう。暗すぎて見えないけれど、そんな気がして頬が緩む



「 お姉ちゃん、寝てた? 」

「 ううん、今寝ようかなって思ってたんだけど…どうしたの? 」

「 ちょっと、きて欲しいの 」

「 え? 」



まさか、黒い虫とか出てしまったんだろうか。いや、でもこの間出た時はエールは一瞬固まったあと吹っ切れたように魔神剣で木っ端微塵にしていたしな。さすがにそれはないか。だけど、それ以外にこんな夜中に私をどこかに連れて行く理由はある、のかな。流石に外の散歩って事はないんだろうけれど、食堂だったら流石にパニールに怒られちゃって、朝ごはん抜きとか言われたらもう耐えられないかもしれない。



「 お姉ちゃん、はやく! 」

「 え、いや、どこに、 」

「 いいから! 」



ぎゅうっと強く握られてそのまま引かれた体。
暗がりでよく見えない道を進んでいくエールの姿さえもよく見えないまま、私は脚踏み出していく



「 エール、どこに行くかくらいは教えてくれないと、 」

「 ないしょ! 」

「 ないしょって、 」

「 じゃあ、ひみつ! 」



ただただ、駆け抜けていく道。きっといつもの船の中のはずなのに妙に不慣れに感じて不安が胸の鼓動を騒がせる。うるさいとか思っていたら、この手を離されてしまいそうでゆっくりと握り返すとエールが小さく笑う声が聞こえた。真っ暗闇を駆け抜ける悪戯好きの妖精のような声で、笑うから足音よりも耳に残る



「 おねえちゃん、おめめつむって 」

「 でも、 」

「 おねがい。悪い事じゃないから 」

「 …わかった 」



目を瞑ってみよう。
たまにはこんな夜も悪くないかもしれない。



「 おねえちゃんは、きっと 」



好きなことだと思うから。そう、呟くような声が聞こえた。
それからしばらく歩いて、昇降機を使って上に上がる音と、歩く足音。それから、手を引く強さが弱まって立ち止まる音が響いて消えていく。一体何があったんだろう?まさか、誰かに見つかったとかそういう事だったら、



「 エール? 」

「 お姉ちゃん、お目目開けて、上を見て欲しいな 」

「 上? 」



どうやら見つかった訳ではないらしい。一息つきながらゆっくりと目を開けるとぼんやりと見えたのはいつもの甲板。洗濯物干したりと色々活用させてもらっているこの場所の上って、



「 これは、 」

「 りゅーせいぐん、なんだって。今日の夜に星がいっぱい流れるってフィリアが教えてくれてね。それでお姉ちゃんと一緒に見たいなあって思ったの 」



暗闇の中に筆で引いたような光が流れて消えていく。
キラキラ光って、まるでエールが始めて生まれたときのような強い光が弧を描くように流れてどこかへと消えていってしまう。何色ともいえない光。ただ純粋な色を絵筆でたどるように、引くように



「 お姉ちゃんが前に教えてくれたみたいに、わたしはこの世界の事なにもしらないけど、こんなにも綺麗なものが見えるんだって知れたよ 」

「 …うん 」

「 だから、ゲーデにも教えてあげたいなって思うんだ 」

「 そうだねえ 」



流れては消えていくものを、彼がどう思うのか。
それさえも不安に思ったらきっとエールがその手をとってくれるんだろう



「 お姉ちゃんは、一言もゲーデを倒せ、なんて言わないからわたしはお姉ちゃんにいいたい事があります! 」

「 なに? 」

「 わたしは、世界のためとかじゃなくてわたしのためにゲーデと手を繋ごうとおもうの 」



いっそ、抱きしめてしまえ。なんて言えなくてその声に微笑んでしまう。ただ薄い光の中で青白い頬がうつるたびに目を背けたくなる気持ちと、ゲーデと手をつなぐ事を考えているこのディセンダーの気持ちが混ざって私の心の中では複雑な気持ちになるけれど。それはきっと、エール自身の気持ちの一つなんだと思うと



( そんな気がして、手を握り返す )
( 暗闇の中に浮かぶ光を目で追いながら )
( ゲーデもどこかでこれを見ていたらいいのにと、呟く君の声 )

11/0424.




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