あれから何日たったんだろう、と目を開けると暗い部屋の中にたった一人。誰もいる気配はなく、誰かのカップが置いてあった。いやこれは私のではないし多分冷えてしまったココア。何か流れたり激痛がするわけではない背中を不思議に思いながら鏡で背中を見るとほんのり赤いけれどきっとこれはすぐに治るだろうというぐらいの痕に変わっていた。多分、誰かがやってくれたんだろうな。感謝しないと


何日ぶりか動かすと関節が妙な音を立てる。別に困る事はないんだけれどもパキ、ポキポキ、と音が立つのは何となく肩こりみたいで嫌だな、とか思うけれど小気味良く鳴らしながら食堂に足を踏み入れるとあの小さな背中は無かった



「 おはようごジャバッ!? 」

「 浅葱!もう大丈夫!?背中は痛くない!?足元ふらついたりとかしてない?気分が悪いとか…! 」

「 まあまあ、カノンノ。あまり揺らしてはいけませんよ 」

「 お、女の子に揺らされて気分が悪くなるなんて 」



カノンノがやっと手を離してくれると私の膝がガクン、と下に落ちる。胃の中何も残ってないのにこんなに吐き気ってするものなのか。いや、何もないからこそなんだかわからないけれどこれはある意味緊急事態だ。頭がグワングワンする、前頭葉がつぶれてそう



「 大丈夫か、 」

「 お姉ちゃん、さわる、だめ! 」

「 …エール? 」

「 嫌い!嫌!おねえちゃん、傷、だめ! 」

「 エール、 」



立ち上がらない私の前にエールが立った。まるで金髪碧眼の男、ガイを拒絶するように立ちながら私の前に立ってぼたぼたと大粒の涙を流すエールの声は震えていて



「 大丈夫だよ。エール、何も怖くない。何も怖がる事はないよ 」



少しゆっくり立ち上がる私に一度も目を向けないエールを後ろから抱きしめる。まだ怖がって震えている身体を優しく抱きしめて、私は優しく傷をつけない言葉を頭の中で選択してそれをどの声で伝えよう、だなんて迷っているくらい余裕はあるつもりだ



「 傷ついたのは私なのに、それ以上に傷ついちゃったんだね。エールは優しいから 」

「 …エール、悪い 」

「 悪くないよ。誰も悪くないの。自分達の正義を突き通そうとしただけだから、何も悪くないんだよ。だから、怖がらないで拒絶もしたらだめ 」

「 おねえちゃん、優しい。人、簡単、ゆるす、の 」

「 優しくなんてないよ。これは、本当の事なの。だからね、エールもう大丈夫 」



まるで幼子に怖い夢はもう終わり。と笑顔で告げるかのように。ゆったりとした口調でエールの言葉を包み込むとエールが左右に平行に伸ばしていた手が降りてくる



「 …母上、みたいだ 」

「 …………そこの赤髪。一気に複雑になったんだが 」

「 え、ええ!?お、俺!? 」

「 そうだお前だ。むしろ、金髪謝れとは言わんが、謝罪の気持ちを示せ 」

「 す、すまない… 」

「 今、お前謝れって言わないとか言ってなかったか!? 」

「 気分が変わったんだ。ほら、エール。私はお腹がすいたからご飯食べよう? 」

「 扱いちげええええええ!! 」



赤髪が叫ぶとパニールがいそいそをご飯の準備を始めた。エールは私の腰にしがみついたままベッタリくっついてきて、前とは変わらない状況だけれどもお風呂までついてきそうな勢いだ。流石に布団の中までは許せるけれども。お風呂は船にある大きなほうを使うべきか



「 お前、さっきのしとやかさっつーか優しさは何処いったんだよ!喋り方も違ぇし 」

「 は?今時そんなものに騙されるのか赤髪。さっきのはエールとか可愛い女の子専用だ。ね、エール 」

「 …うん 」

「 ガイ、あんなのに謝る必要なんてねえからな! 」

「 だが、女性の身体に傷つけたのは確かに俺なんだ 」

「 金髪碧眼気にする事ないって。傷つけられた方は責任とれとか言わないし。あ、醤油とって 」



ガイが普通にまわしてきた醤油を受け取る。金髪碧眼はどうやらガイというらしい。いや知ってるけれども。赤髪の子はルークって言うやんごとなき子らしい。今度からやんちゃんって呼んでやろうかと思う。気が向いたら。極まれに気が向いたらね。



「 今普通に醤油渡したけど、ガイって女性恐怖症治ったのか? 」

「 むしろ、私に対する罪悪感があまりにも、って? 」

「 ガイ、あんま気にすんなよ。コイツだって全然気にしてね、 」

「 こんなんじゃ、お嫁に、いけないわ…! 」



食事の手を止めて、ぐすんと涙をこぼす振り。すん、と鼻をすすってから横目に見てみれば追い込まれたガイの顔と、青ざめたルークの表情に私は静かに演技を続ける



「 身体に傷なんて、男性は嫌がる、よね…で、でも、私、お嫁になんてもとからいけないだろうし、平気。ご、ごめんね、急に感傷的になって… 」

「 ふふふ、浅葱さん。振りはそこまでにしてあげてくださいね 」

「 いや、もう十分反省したみたいだから続けるつもりもなかったよ? 」



胃に優しそうなスープを流し込んで、なんで醤油なんて取ってっていったんだっけ?と考えをめぐらせる。確かルークが肘うちでもしてこぼしたら面倒だとか思ったような気も、しないこともない。



「 女は嘘吐きなんだな…! 」

「 うわ、ルーク落ち着けば?あと、ガイは大丈夫か?なんだか物凄い追い込まれたような表情して、 」

「 君が、望むのなら、俺は君を引き取れる 」

「 いや、あの元から結婚願望ないのでガイは切羽詰らずに嫁でも探して女性恐怖症とやらを治すべきだと思うよ? 」

「 え、 」

「 まあ、人生長いんだ。じっくりいこうかー! 」



ああ、スープが胃にしみるけれど私って何日寝てたんだろう?



( 騙される男 )
( 怯えた少女 )
( 全て流す私 )

10/0824.




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