「 あれ、浅葱何してんだ? 」

「 海観察ー、って、おおう、ユーリじゃないか 」



皆に危ないだなんだといわれながらいつもどおりに船の縁に座って足を海へと投げ出してみては、いつも少しの海水を救い上げて跳ねさせて。繰り返していると、同じように隣に座った黒髪が綺麗で足先のことなんて忘れそうになるくらい、アメジスト色の目が穏やかに弧を描いて、嬉しそうに口元が半月のように笑みを作っていた。歯が白い。白すぎますよ、そういえばここの人達!



「 おっせえ、反応 」

「 反応の遅さが売りです 」

「 そうだったのか… 」

「 いや、嘘だけどさ 」

「 知ってる 」

「 ですよね! 」



私の頭をわしゃわしゃと撫でながら、頭のてっぺんからするすると落ちていく手の感覚、背中に微妙なぬくもりを発している手の感触はなんだか少しゴツゴツしてて、くすぐったいような痒い感じがして、ほんの少しだけ口元が緩む



「 風邪はもういいのか? 」

「 少し喉がひりひりするし、まだくしゃみはたまに出るけど、熱は下がったから今は家事してここに置いてもらってる 」

「 熱、下がってよかったな 」

「 …うん、まあ、良かったといえば、そうなんだろうけど 」



どことなく、いつもと違うような感じがするその目つき。



「 その間に、何かあったの?心配かけさせた所為で元気が無いのなら、 」

「 ……浅葱、 」

「 なに? 」

「 本当になんともない、ただの風邪だったってことでいいのか? 」

「 …どういうこと? 」



どことなく歯切れの悪いその口調にほんの少しだけ、眉間にしわが出来るような圧迫感がしてすぐにそのしわを伸ばそうと人差し指で押してみたけれど、ユーリの表情はどこか暗い。負の影響だろうか。いやいや、そんな風に考えるからゲーデを否定してしまうのかもしれない。だめだ、そんな考えはだめだ、悪だな。悪



「 …世界の違いとか、体の影響とかの熱じゃねえんだな? 」

「 ああ、きっと疲れじゃないのかな?それに体の影響での熱だったら、1週間くらいはきっと高熱が出ていてもおかしくないだろうし 」

「 じゃあ、なんで 」



なんで、と呟くように吐いた言葉が妙に耳に響く
頭の中で繰り返されるみたいに聞こえるその言葉に



「 なんで、お前の体が、この髪の色が、薄くなってんだ…? 」



耳を疑いそうになって、ゆっくりと自分の髪をつかんで目の前にかざしてみては、髪の色も確かに淡くなってるし、爪の桃色もパステルカラーのような色になって、指先さえもあの発作の時みたいに薄まっている。本当に些細な違いで、爪くらいだったらきっと塗りました。で、誤魔化せてもこれは、



「 風邪、じゃねえだろ 」

「 …よく見てるんだね 」

「 誤魔化すな。お前が、浅葱が、一言でも望んでくれりゃ 」



これはあからさまな変化を通り越していた、私の考えを超えた進化のようなもので。それを目にして彼は、私さえよければ、私がたった一言、ほんの一瞬の言葉を口にすれば助けてくれるんだろう。でも、私がそれに甘えてしまえば、彼の優しさを利用すれば、最後には彼を傷つけて、無駄な思いをさせてしまうんだろうから



「 あの時言ったとおり、お前が消えなくて良い方法を探すつもりだ 」

「 ユーリ、私もあのときのことを交えて言わせてくれるのならば 」

「 …、ああ 」

「 君は私の事を気にする必要なんて無いんだよ。ただの仲間だった奴とか、談笑ができるバカとか、あとは、食堂のお姉さんでもいいんだけれど、その程度の人だったとおもってくれるだけで、私は十分なんだ 」



思うのか、想うのか。言葉遊びみたいだけれど、私はそれだけで十分だと思う。一年もたてば思い出は人によって歪められてしまうだろうし。そう思ってくれることだけが、こんなにも優しい気持ちになれることを君はきっと知らないまま、私を優しくしてくれることを君はわからないまま



「 忘れてくれたって構わない 」

「 できねえよ 」

「 いっそ、忘れてほしい 」



忘れて欲しくないなんて我侭よりも、君たちにはお願いしたい事があるから



「 私は、このギルドを、あなたたちを、ユーリを忘れないけれど。君たちにとっては残酷な記憶になるだろうから 」



人が消えた。助けられなかった。そんな悪い記憶を君たちに残したくない。誰にもそんな思いをさせたくはなくて、そっとユーリのおでこに手を伸ばした。触れた先から伝わる暖かな体温が妙に悲しく思えて、小さく笑みを浮かべては



( そう思うだけで、小さく呟いてしまった )
( 君は、あまりに辛そうに私を手繰り寄せようと背中の手を動かしたけれど )
( それを拒むように、もう一つの手で )
( 優しく、流した )

11/0410.




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