不意に目を開けると、左右別々の目が私を見ていた。紫の髪を揺らしながら薄暗い夕暮れの中で私を見下ろして、苦しそうに目をゆがめた一人の少年が私をじいっと見つめて、私がその目を見るとピクンと肩を揺らしてふいっと顔を横にそらす。



「 なんで、 」

「 なに? 」

「 なんで、恐れないんだ… 」



眉間にいっぱい皺を寄せて私を見ている男の子は、ゲーデだった。寂しそうな目の奥で泣いていそうなその少年はいつも、私を見るときは憎しみなんてものをぶつけようとは思わず寂しくて泣いてしまいそうな幼子のような目で私をみるから、どうやって甘やかそうだなんて考えてしまうんだけれども、如何せん、風邪を引いてしまった私はその体力が少ない



「 人間は俺を疎んで、嫌がって、恐れて、なのに、どうして、お前は、 」

「 だって、私は君の事、大好きだし 」

「 …どうして、 」

「 ゲーデは、私に嫌いって目をしないから 」



君が私に嫌いといわないのなら、私も嫌いになる理由が無い。例え、君が私に憎しみを持って嫌いだと言っても、きっと嫌いにはなれないんだろうなあ。だって、君はこうして私の傍にいて心配そうに、見ててくれたんだから。嫌いになんて、なれないよ



「 はっくしゅん! 」

「 !なんだ、今のは 」

「 風邪引いちゃったみたいで、っくしゅん、忘れた頃に、ふぁっくしゅん!やってくるっくしょい! 」

「 風邪? 」

「 簡単に言うと、病気、かな 」



すん、すん、と鼻を鳴らしながらそういうとはっとしたようにゲーデが私に手を伸ばした。伸ばすだけで触れる事は無いその指先を見ているとゲーデはコテン、と首をかしげ私を見つめたまま不思議そうに指先を私の頬へと、ゆっくりと



「 熱い 」

「 うん、熱でてるから 」

「 熱…? 」

「 風邪引くと熱が出るもんなんだよ。他にも頭が痛くなったりするんだけど 」



ヒンヤリとした指先が私の頬に触れて、それでも不思議そうにゲーデは私を見ていた。



「 …お前は、風邪は病といったのに、そんな負を感じない 」

「 流行り病とかじゃないからね。人は簡単に風邪を引くもので、案外脆いんだよ 」

「 …脆いから、俺を生み出すんだろ 」

「 この世界の人はもしかしたら、負を真正面から受け止める事を忘れてしまったんじゃないのかなあ。すんっ、ああ、くしゃみがまたでそう、 」

「 …この、世界? 」

「 …うん?あ、そうか、差別はいけないよね。うん、そうだっくしゃん! 」



じんわりと冷たさが広がる頬は、君が触れている証拠で頭の痛みなんて忘れそうなほどに嬉しい気持ちで胸が温かくなる。ゆったりと穏やかに浸透するみたいなその感覚を君は私の熱から同じように伝わっているんだろうか。頬をつん、と突き刺すようにしている君の小さなおびえを包み込むように、



「 …だから、お前は消えかけていた、のか 」

「 うん 」

「 じゃあ、なんでその理不尽さに苛立たない。おかしい、なんでだ、いつも、いつもお前だけが一方的な負を生み出さない。だからお前の傍にいると、 」



あたたかさが、伝わりますように
そんな一方的な願いさえも、君にとっては



「 なんでこんなにも、胸が痛いんだ… 」



悲しげに呟いたその痛みを表すように形を変えたその目つきは今にも泣き出してしまいそうで。その泣き出しそうな目を見て、私は鼻を鳴らしながらその冷たくてどこか暖かな不思議な形の手を救い上げるように包んだ



「 ねえ、ゲーデ 」

「 …なんだ 」

「 私がもし、さ 」



もしも。
もしも、君に私が、



「 世界樹に一緒に帰ろうって、言ったら 」

「 ! 」

「 私が君が一人で寂しくないように、一緒に世界樹にいるって約束したら 」

「 …お前、が? 」

「 一緒に帰ってくれる? 」



独りぼっちにしないから。ずっと手をつないで一緒にいてあげるから。
一方的な愛に戸惑うように目をそらそうとして、ゲーデは私の手を、ゆっくりと振り払った。



( 浅葱!こんな所に、って…無事だったのね! )
( え?無事って、なに?何かあったの? )
( メスカル山脈から帰ってきて甲板に着いたとたん、波で船が揺れたのよ )
( …うん? )
( そうしたら、熱を出してた浅葱が耐え切れなかったみたいで、海に…。とにかく無事でよかった! )
( ………カノンノ、ここにも一人、 )
( え?誰もいなかったけど… )

11/0402.




- ナノ -