「 着いたわ 」



その声を聞きながら、オカリナのような音が『ポー』と鳴り響いている。風の強さで変わるその音は耳に妙に優しく響いて心地がいい。まるで子守唄をきいているようなその感覚に目を瞑ってしまいたくなるんだけれども多分ここで目を瞑ってしまったら確実に眠りについてしまいそうだ。耐えよう。この美しさにも耐えてみせるんだ。あああ!録音とかしたい!



「 ここが『笛岩』がある風唄う地よ 」



そういって振り返ったティアはエールの持っていたシード・ベットを指差した。蕾の状態のその花を抱えたままティアに視線を向けると彼女は頷いて



「 さあ、『シード・ベッド』を 」



そう言った。彼女の指をさした先にある木の台のような場所に置くと、エコー・フラワーの蕾の先が緩んでいく。ゆっくりと緩んで広がっていくエコー・フラワーに瞬きをしながら微笑むエールに、私の口元も緩むけれどマスクの中の所為で湿気に出会ってしまった。いっそマスクを外したいけれどそんな事をしたらくしゃみとして風邪菌が広がってしまう



「 エコー・フラワーが咲いた… 」

「 綺麗だね… 」



ぜひともその綺麗なところを見たいんだけれども、くしゃみが出そうでもう本当にむずむずする!ああ、なんというかこんな時にくしゃみをしてエコー・フラワーにマネなどされてしまったらそれが一番困るところというか、感動的なシーンまで耐えなくてはならない。こんなところで台無しにしてたまるか!



「 花が、笛の音を模している。風の輪唱ね 」



合唱のように響いていく、優しい音色にふ、と微笑んだティアの髪がサラサラと風に揺れる。こんな時にディセンダーが男だったらティアに惚れてしまうんじゃないかという邪念を渦巻きながら、リオンを見るといつもの表情がほんの少し、緩んでいた



「 用は済んだ。帰るぞ 」

「 そうね 」



響き渡るその穏やかな音色。
その音を背に歩き出したリオンとティアの姿がほんの少し歪んでいく中で、それを覆うとしたエールがぐらり、と目の前で倒れるのに手を伸ばす



「 エール…ッ! 」



頭もずきずきして、呼吸も苦しい。身体もなんだかぽかぽかして、腕をエールへ伸ばそうとしてもなんだか伸び切れなくて指先を掠めるように倒れていったエールの顔色は滲んできた視界の中でおかしなほど蒼く、白く、陶器のように映った



「 …浅葱、一体どうしたの、 」

「 最近ずっと顔色はよくない、んだ、エールは 」

「 浅葱もなんだか顔が赤いわ。まさかあなた、熱が、 」

「 ちっ。世話の焼ける奴等だな… 」

「 ごめん、 」

「 …足をひっぱったのは、お前らだからな 」

「 うん、 」



エールをおぶり始めたリオンを横目に私もティアの手を借りてふらつく足を無理やり立たせる。もう少し薬の効果が長持ちすると思っていたのが、いけなかったのか。少し、胃もムカムカしているし、もしかしたら風邪が悪化したかもしれない。これは本当に怒られそうだなあ



「 リオン、 」

「 何だ 」

「 君は、優しい子だね 」



ありがとう、とその背中に呟いてみたけれど届いたのかは視界が歪んで見えなかった。ただリオンの鼻で笑ったような声と、ほんの少しだけ立ち止まって見えたその姿に



( そう、思った )
( それに小さく微笑んだ私は、よく見えない視界の中で )
( 進んでいくそのぼやけた背中を追う様に足を前に出した )

11/0402.




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