皆が刃を向け、何度も何度も迎え撃つ中でのどを鳴らしていかにも楽しそうにバルバトスは笑っていた。この場所で戦っている事が楽しいという事じゃなく、何かに向かってずっと、ずっと笑い続けている。気味が悪いし、なによりもくしゃみについて怒鳴られた事が不快だ。あの野郎ぶっ飛ばしてやる、と意気込んでもあの大きな体躯を蹴っ飛ばそうと思っても10cmも動きはしない。



「 なかなかやるな、小娘 」

「 …どうも、 」



上に大きく振りかざした斧を見て、後ろからリオンの「下がれ!」の声が耳をかすめ、微妙にだるい体を後ろへと蹴ってみるとまた、耳の内側に張り付くようなのどを鳴らす笑い声が聞こえた。低く、低く、じわじわと足元から這い上がるようなその声



「 まだ、摘むには早いか…。また相見えようぞディセンダー… 」



そしていつかの残留思念の兵士のようにうっすらと消えていくその姿は、やっぱり妙に笑みを浮かべ。本当にまたくるんではないかと思うような表情で私達を見ていた。言わせてもらえるならば相見えるつもりなど無いんですけれども。バルバトスと何度も戦えば、命が幾つあっても足りないだろう。私達には一つしかない命を刈り取るつもりかアイツ



「 消えた。人間ではないの!? 」

「 …っ 」



少しの色も無くなったバルバトスを確認してから振り返ると、崩れ落ちるように、膝を地に付けそうなリオンが驚いたような顔をして俯く。私の視線に気がついた後ろの二人がリオンを見て、エールがすぐに近づいて手を差し伸べると、強がって鼻で笑うような声がそこに響いて聞こえた



「 おまえの手は借りない。他人の事を心配する暇があったら自分の心配でもしろ… 」



シャルティエの声が聞こえればきっと今頃焦って『坊ちゃん何いってるんですか!』とかお小言を呟きながら、心配そうに声を上げているんだろう。ききたい。聞けるものなら聞いてみたかったなあ。ソーディアンの声。彼らと囲碁とか将棋とかやってみたかった



「 山の風を甘く見ない様に言ったはずよ。風に体温を奪われたんでしょう? 」

「 そんな事はない 」

「 そう 」



膝をついているリオンを横目にティアが振り返った先は、



「 それにしても、今の男は何者だったのかしら… 」



先ほどまで私達と戦っていた一人の男へと向けられていた。知らぬ間に現れ消えていく。確かに始めてみたら不思議な物を見たような気持ちになるのかもしれない。私も自分自身の体のことをはじめて見たときは不思議どころか気分が悪くなったけれど、ユーリは何を思ったんだろう。不審生命物体、とか?



「 はーっくしょん! 」

「 おねえちゃん、大丈夫? 」

「 薬切れてきたのかな、っくしゅん! 」

「 …少し休んでいきましょう 」

「 僕のせいじゃないぞ、お前のせいで時間がロスしたんだからな 」

「 すみまっくしゅん! 」

「 …最後まで言え 」



本当に鼻がむずむずする。薬の所為なのか、鼻の通りが良くてティッシュも手放せなくなってきた。でもこの風じゃティッシュ箱を手放したらあっという間に吹っ飛んでいってしまって私の鼻を助けてくれる奴なんて何一つ残っていないんだ。絶対に手放さんぞ…!



「 ぶっくしょん! 」

「 本当に大丈夫なの? 」

「 う、ん…大丈夫…帰るまでが、任務だから 」

「 お姉ちゃんごめんね、わたしが無理に連れてきたから… 」

「 エールも一緒に、アニーに怒られるんだからね 」

「 …え 」

「 反省しているなら道連れです 」

「 …は、はい… 」



無理やり納得という形になってしまったけれどちょっとしたお茶目心だ。本当にやりはしないけれど多分、これで帰って倒れでもしたら確実に医者組に酷い言葉を投げかけられるかもしれない。早く帰って、布団の中にもぐりこんだほうがいい判断だ。お説教攻めはもうジェイドだけで十分だし、早いところリオンの調子さえもどってきたら笛岩に向かおう



「 リオンはもう大丈夫なんでしょ、っくしゅん 」

「 始めから平気だ 」

「 そうか。じゃあ、いっくしょん! 」

「 浅葱はもういいの? 」

「 うん…早く帰らないと箱ティッシュなくなりそう… 」

「 じゃあ、行きましょう 」




( これは完全に薬切れだなあ…熱ぶり返してきてる… )
( お姉ちゃん、どうしたの? )
( なんでもないよ。早く進もう。ティッシュがなくなる )
( あ、お姉ちゃんマスクあげるね )
( おお、じゃあ取り替えなきゃ… )

11/0402.




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