甲板に寝転がったまま、ぎゅうっと握られたその手。バスタオルを身体にかけてぼうっと空を見ていたらエールが私の手を握り締めていて弱まったり強まったり、確かめるようなその動きに横目で見てみるとはっと、したようにエールが目をそらす。いつもなら仕事に行って必死になっているこの時間にもどかしさを感じているんだろうか。目をそらしたり、手を動かしたりで、ずっと落ち着かない



「 エール、膝枕してあげる 」

「 え? 」

「 そうしたら大事なお話聞かせてあげるね 」

「 大事なお話? 」



むく、っと起き上がって私が正座をすると、ゆっくりと頭を乗せて私を見上げた。その真っ直ぐな瞳に私はにっこりと笑う。日に日に透明がかっていくそのエールの肌や髪、少し青ざめた頬。毎日会っていれば、毎日よく見ていたら気付いてしまうこの変化に、胸がちくり、と痛む感覚を抱えながら



「 エールは、自分の名前は好き? 」

「 うん、好きだよ。わたしの名前、エールって暖かい感じがするもん 」

「 その暖かい理由、教えてあげようか? 」

「 理由? 」



ぱちぱちと瞬きをして私の顔を見つめるエールの目には私と、その上にある青空が映る。人の話を真っ直ぐ聞いて、信じて、嘘さえも本当に変えてしまいそうなまるで魔法のようなこのディセンダーに教えてあげられる事は、きっと少ないだろう。



「 名前は、愛しはじめる最初の魔法なの 」

「 …まほう? 」

「 そうだよ。始めて出会った人に、この人好きだなあなんて名前も知らずに思える事なんてほとんどないでしょう? 」

「 うん 」

「 名前を教えあう、名前をつける。『名前』って言うのは、その人の事を知る、好きになる。魔法のかかった大事なもの 」



さらさらの髪の毛に指を通しながら、



「 自分が一番最初に、誰かから貰う。大事な呪文なんだ 」

「 一番、最初に? 」

「 そう。生まれて一番最初にもらえる。大事な魔法の呪文 」

「 …魔法の、呪文 」



優しく囁くように、私が教えられる小さなことを君が忘れないように頭を撫でて声に出す。誰もが一番最初にもらえる形のないもの。他人からもらう一生の魔法の言葉。自分の名前を好きであればあるほど意味のある呪文をこの子は、名づけた私に好きだと教えてくれたから。私も君への最初の贈り物のお話を、するからね



「 浅葱お姉ちゃんの、浅葱も貰ったの? 」

「 そうだよ。私のお母さんやお父さんから貰った大事なものなの 」

「 お姉ちゃんは自分のお名前、好き? 」

「 うん。好き 」

「 わたしも、好き 」



にっこりと笑って、眩しそうに目を細めて、好きって教えてくれるこの子は



「 『エール』はね、浅葱お姉ちゃんみたいな暖かさがあるから大好き 」

「 …どういう、 」

「 世界樹の中にいた時の暖かさじゃなくて、浅葱お姉ちゃんの暖かい、優しい感じがするの 」



私、の…?でも、いつもこの子は私に暖かいって言って笑ってくれた。初めて会ったばかりの時は、そんな事は言わなかったけれど今みたいにぎゅうっと手をつないでくれて離してくれなかった。あの頃から、もしかしたら気付いていたんだろうか。私が名づけたことや、君の事に気付いていた私に、少なくとも気づいていてくれたのならば



「 初めて会ったときも、暖かいって思ったの 」



気付いていてくれたのならば、それはなんて幸せな事なんだろう。
ほんの些細で、暖かい理由もわからないまま私の手をとってくれた君は



「 今でもね、思うくらい大好きなお名前だよ 」

「 思うって何を? 」

「 実はお姉ちゃんがわたしに、この『エール』をくれたんじゃないのかなあって 」



こうやって私の心をじわじわと温めてくれる。今は、君のその考えに本当を言えはしないけれど、いつか、いつの日か。そんな事が言える覚悟が、言える日がきたのならば



「 浅葱おねえちゃん? 」

「 エール 」

「 うん? 」



この世界で、



「 ありがとう 」



このグラニデで君に言えたならば、それは、小さな幸せで。私の言葉に首をかしげながら、私の手を離さない君はどんな顔をして私の話を聞いてくれるんだろう。思うだけ、ただそう思うだけなのに。どうして、こんなにも



( 子守唄を口ずさむように、 )
( 頭を撫でながら小さな声で歌うと )
( 君はゆっくりと、くすぐったそうに目を閉じた )

11/0331.




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