「 ねえねえ、浅葱ってさあ 」
「 なに? 」
「 なんでこの船に乗ってるんだっけ?最近なんか忘れっぽくてさ〜 」
アーチェが相変わらずのテンションで話しかけてくるから思わず洗濯籠を落としそうになった。籠に指先が食い込むんじゃないかってくらい力をすぐに入れて私もすぐに笑顔を浮かべる。心の奥で、叫びだしたい感覚に駆られそうで、胃の下辺りがぎゅうぎゅう締め付けられるみたいな感覚がして、息を吸い込むと洗ったばかりの洗濯物の匂いがした
「 行く場所がないからだよ 」
「 じゃあ、家出? 」
「 アーチェさん、浅葱さんは他の… 」
他の。その先が出てこないミントが首をかしげた。
どうしよう、とばかりの表情に私もどうしようと言葉をこぼしそうになってすぐに笑顔を浮かべようとしたのに、心がじわじわと私を責めるから
「 まあまあ、詮索はなーし。とりあいず洗濯物干してきたいから、あとでいい? 」
「 じゃあ手伝うからさ!作業しながら! 」
「 残念ながら今日の当番はアーチェじゃないから。仕事いっておいでよ。その後でも十分話せるだろうし 」
「 えー 」
「 ほらほら、チャットが待ってるよ 」
「 わかったけどさあ…気になるんだよね 」
「 いいから行っておいで。私も干さないと終わらないからね、失礼するよ 」
泣きそうな顔を欠伸の振りで誤魔化しながら私はホールからでて甲板に洗濯籠を置く。洗剤の匂いと潮の匂いがまざってなんだか鼻の奥がツンとする。別に寂しくなんてない、悲しくなんてない。わかってた事だから、悔しくない。でも、忘れて欲しくなんか、ない。着々と消えていくその記憶を止めることはできないことも、
「 っ… 」
わかっているから、こんなにも苦しいのかな。
「 …洗濯物、干さな、きゃ 」
それなのに胃がむかむかする。自分の仕事を、パニールが少しでも楽が出来ればいいって、自分の仕事をこうやって見つけたのに投げ出してしまいそうないい加減な自分の手はおかしなほど震えていて。洗濯バサミさえも上手く力を入れて開けなくて、カツン、と甲板に落ちて、転がってしまう
「 何強がってンだよ、ばーか 」
「 強がってるつもり、ないんだけどな。だって、わかっていた事だもの。わかっていたことなんだから、 」
「 わかってたからって、泣かない理由にはならないでしょうよ? 」
「 泣く理由にも、ならないよね 」
いっそ、消えてしまいたいなんてこの場で吐き出してしまったら。二人はきっと私を怒るんだろう。人として痛みを知っている人は、きっとこの言葉を聞いたら、叱り付けるどころか本気で怒ってくれるのも頭の片隅でそれを暖かいと考えてしまうのも
「 大丈夫だから 」
「 …そんなわけねえだろ 」
「 無理するのは、もうやめたほうがいいぞ 」
「 はは、ユーリもガイも来るのが早いねえ。なにか甲板に用事でもあったの? 」
心のどこかで、この人達に甘えてしまえると思っている私がいるからだ
「 せっかくだけど、ごめんね。女性物の洗濯物だから、流石に男性陣はここから控えて欲しいかなあ 」
「 浅葱、ちょっとま、 」
「 こっちはプライバシーかかってるからねー。乙女心がかかってますからねー 」
「 ちょっと、待て!こっちは心配して、 」
「 大丈夫。もう少ししたら、その心配も忘れてしまうから 」
誰を心配していたかも、全部忘れてくれるんだろう。私を気にかけてくれていたことも何もかも、始めから『私』はいなかった事になってくれるはずだ。空き部屋が一つあって、その隣がディセンダーがいる部屋。囲碁やったとかばば抜きやったとか、夜中にいなくなる奴がいたとか、きっと
「 忘れてしまうんだろうから 」
記憶からの消失がきっと、君達の心まで侵蝕してくれるはずだから。
私がいくら忘れて欲しくないと願ったところで、
「 優しくしてくれて、ありがとう。心配してくれて、ありがとう 」
思っても、声に出しても、書き残しても。
薄れていくその記憶に私はいなくなってしまうんだろう
心の奥にそっと閉じ込めた願いは( 名前だけでも覚えていて )
( と我侭をいうくせに )
( 忘れないで、と思う )
11/0322.
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