見覚えのある岩肌道を歩く私達。
じっとりとした空気に息を吐いた。心なしか息苦しい気がする。多分心の持ちようって言葉がぴったり合うんだろうけれどこの場所は私がいた場所であり始めて殺されそうになった場所だと思うと人間としてどうなんだとか思っているだけまだ頭はマシな働きをしてくれているらしい。それだけでまだ頭に感謝できる。
「 あれ、人だよね? 」
ピタリと足を止めたカノンノに私とエールも動きを止めた。すらりとした長身、軍服、栗色の長髪。頭の中で『ジェイド・カーティス』という名前が浮かび、その赤い目が振り返る瞬間。体中から冷や汗が飛び出してきた。目だけで人を殺せるってこういう事なんだと頭の中の冷静さに比べ、脚が笑いそうだ
「 おや、追っ手…ですか。まったく、仕事熱心で結構な事ですね 」
精錬された綺麗な殺気に下唇をかみ締めながらエールとカノンノの前に出る。噛み切りそうな唇から歯を離して無表情を浮かべ、右腕からスピアを出してきた男に、私は息を吐く。けして、刀には手をつけない
「 さてと、では私も仕事をしますか。…命の保証はしませんよ? 」
「 残念ながら、私達の仕事は違うんだ 」
こちらに向けただけのスピア。それだけでまるでどう殺されるかの連想がパッと浮かんだ私はこうやって立っているだけで精一杯だというのにこれでどう人と戦えるというんだろう。後ろに立っている二人に「武器は触るな」と伝えるだけで唇は震えそう。
「 …なんですか?せっかくやる気になったというのに… 」
「 エール、説明してあげて 」
一応横目で警戒しながらも、エールに指示を促すとエールは頷いた。少しだけ震えるようなカノンノの吐息も聞こえたから、きっとこの男の殺気は錯覚ではなかったと言うこと。さすが軍人だ。ある意味尊敬するよ
「 私達は、ギルドからの依頼で、あなた達を保護しにきた 」
「 …なるほど。あなたはギルドの有志で、我々の救助にやって来られた、という事ですか 」
多分チャットに練習させられたんだろうなと思われるその言葉とカタコト具合に私は微笑むという余裕もなくただ一番楽な無表情でゆっくりと深呼吸をする
「 私は、ジェイド・カーティス。グランマニエ皇国軍大佐を務めております。 」
「 カノンノ・イアハートです 」
「 エール 」
「 私は浅葱だ 」
随分社交性のでる挨拶だな。と思えるあたりどうやら少しは恐怖心が薄らいだのかもしれない。けれど相手の警戒心。いやジェイドの目線からしてあちらの警戒も解けない。
「 と、まあ、見てのとおり困った状態でして 」
苦笑しながら言ったジェイドにエールが首をかしげた。首をかしげたと言っても多分声を出すつもりがなかったのか、喋らない時は必ずそう言う使い方をしているだけなんだけど。深い意味はないんだよね、この首をかしげた時って。
「 他の人が足りないようだね 」
「 はぐれてしまいましてね。部下の一人に探させている最中ですが、人手は多いに越した事はありませんから 」
「 探せと? 」
「 ええ 」
にっこりと笑ったジェイドの顔といったら警戒心の塊。こちらが何をしても反応できるようだ。けど、気は抜けない。懐刀にいつでも手が届くよう、怪しまれないように私は平然とした表情で様子を伺う。様子を伺うと言うよりは、臨時戦闘態勢のほうが正しい気がするけれど。
「 では仲間の風貌をお伝えしておきましょう。赤い髪に白い上着の青年。 」
「 赤い髪に白い上着の青年… 」
「 いわゆる『やんごとなき』身分のお方ですから、無礼のないようにお願いしますよ 」
カノンノが往復するように呟く。私は、その青年の顔や状況を思い浮かべながら、静かに頷いた。
「 浅葱お姉ちゃん、『やんごとなき』、何? 」
「 家柄や身分がひじょうに高い、とか貴重なものとか、捨て置けないものともあるね 」
「 …わかった 」
最近また言葉が発達してきたけれど、やっぱり必要最低限の接続詞とかばかりだ。エールが少しジェイドに敵意の視線を向けているようにも見えるのは、多分、エールの手が剣の柄を強く握っているから。そんな視線をあしらうように、ジェイドは貼り付けた笑みを浮かべる
「 私は、外から捜索にあたります。ひょっとしたら岩場に引っかかって、フナムシに集られているかもしれませんし 」
「 『ふなむし』? 」
「 エール…後で説明してあげるから 」
今はちょっと静かにしてなさい。
「 それでは、捜索をお願いします 」
「 あ、はい 」
素直に笑ったカノンノ。私はそんな風に笑う事は出来ず、警戒したままジェイドの後姿を見た私達が攻撃をするつもりがないと分かっているかのように歩いていったその背中は、素人などに負けはしないと言う自信と、しまいこんだ殺気の重さが印象付けた。
「エール 」
「 ? 」
「 剣から手を離しなさい 」
「 ! 」
「 殺気が怖かったんだよね?血が滲んでるから 」
ジェイドの赤い目は人を射殺すようだった。それをいつもの眼差しで真っ直ぐ見てしまったであろうエールの手は、爪が食い込んでいて。剣の柄にベッタリとついた赤がそれを物語る。
この子と崩れてしまいそうな私の体に、
もう大丈夫、と声をかけた( 怖かったね、とかではなく )
( ただ安心感を与えるような )
( そんな言葉が今は大事で )
10/0820.
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