「 おねーえちゃーん 」

「 はーあーいー!って、は!つい、乗ってしまった! 」



トトロであったあの『さーつきちゃーん』のノリで返事をしてしまった。まずい、ここでは通じて突っ込みをいれてくれるような優しい人はいないというのにどうしてこうなったんだ。思わない事件というか思わない事故というべきなのかなんともいえないこの状況に私はお裁縫の手を止めて、走ってくるエールを見ると、笑顔でぶんぶん手を振っている。そのうちあの腕が折れそうに見えてくるのは、細いからだろうか



「 お姉ちゃんは海好き? 」

「 好きだよ 」

「 泳げる? 」

「 それなりには、 」

「 じゃあ一緒に行こう? 」



何処に?何でそんな必要事項の詰め合わせだけ聞かれちゃったんだろう。むしろ、何で聞いてきたのか微妙に頭がついていかないんだけど、これはどうやって切り返すべきか。いや、切りかかるべきかを検討しなくちゃいけないような



「 エール、悪いけれど浅葱にはほかにやってもらいたい事があんのよ。だから、チュロス海底遺跡に連れて行くのは諦めてくんない? 」

「 …ハロルド、またお姉ちゃんを苛める気?怒るよ! 」

「 そうじゃないってば、本当に用があるって言ってんでしょ?あんまり引き下がらないと注射刺すわよ 」

「 う、 」



注射嫌いなんですか、エールさん。むしろ刺された事があるとしたらいつなんだろう。私がいないときなんだろうけれど、泣きそうな顔をしているエールが可愛いというか苛めたい衝動に駆られるのはなんでだろうなあ。それにチュロスに行きたいんだが。水族館的な感じで、小旅行みたいなイメージで乗り込みたいのに!



「 お、お姉ちゃんあとでなにかされたら言ってね? 」

「 …いや、大丈夫だと思うけ、ど 」

「 わ、わたしは注射なんか怖くないけど、スタンとルーティが待ってるから行くよ?あんまり待たせちゃ、だめ、だと思う、ひっ! 」

「 …ほらほら、行っておいで 」

「 う、うん。お、溺れたらどうすればいいの!? 」

「 体の力を抜けば浮くらしいよ? 」

「 わかった! 」



そういえばあの子泳ぎなんて覚えてなかった気がする。今度セネルにでも教えてあげるように言ってみたら教えてくれるのかなあ。私は泳ぐって事自体に特に違和感なくやれたし、見てたら容量理解できたような…でも、流石に習ってた子には勝てないけれど



「 私が止めなきゃ何処にでもついていくつもり? 」

「 やっぱり、駄目か 」

「 この間体の方に症状が出たばっかだってのになんで無理すんのかしら?体苛めるの趣味なわけ? 」

「 そんな痛々しい趣味はいらん 」



どんなMだ。ドMなのかそれは。そういう趣味の人がいるんだなあ、へえ。で留めることは出来るけれど自分が苛められたいとかいう趣向は今のところない。言葉で苛めてあげたくはなるかと言われれば元気よく縦に頷くけど



「 でも、行きたかったなあ。チュロス水族館 」

「 目的変わってんじゃない 」

「 海底遺跡って、夢ありすぎるよ。生きる水族館とまでめいめい出来ると思うね 」

「 アンタの場合は包丁とまな板もって、刺身にするんでしょ? 」

「 深海魚って美味しいって聞いたからなあ 」



何かおなかすいてきた。やっぱり調理セットもってチュロスに行けばよかったのかなあ。海鮮鍋からなにからおさしみ、しゃぶしゃぶ、海鮮丼、それから塩焼きに



「 ところで、アンタにやってもらいたい事って言うのを話すわよ? 」

「 うん?なに?背中にハートのワッペンを縫い付けろとかだったら頑張っちゃうけど 」

「 それはそれで面白そうだけど、そうじゃないわ 」



ひらりと出されたその紙は、



「 アンタ宛よ 」

「 私に、 」

「 ジェイド経由だけど、何か用があるみたいね 」



『皇帝勅令』と書かれた紙。その下にグランマニエという言葉までは読めたけれどそれ以外は所々しか読めない。だけど、この髪を見る以上多分皇帝直々のご命令に従わなくちゃいけないんだろう。どう考えてもあの眼鏡の差し金のようには思われるけれど、これで『ピオニー陛下』のところへ行ってしまったらどうなるんだ。



「 …なーに顔蒼くしてるわけ?なにか悪い事でも 」

「 …私って、 」

「 浅葱? 」

「 異端者だから 」



ちょっと怖いんだよね、と針を止めるとハロルドの表情が強張った。ジェイドはどういう意図で陛下に私のことを話したのかわからない。だけど私のようなものが陛下に会うというのも考えがたいし、これは偽者、だったらジェイドが燃やしている、か



「 いざとなったら透明になって逃げればいいじゃない 」

「 なれないって。自由自在にはならないんだから 」

「 不便ねぇ 」

「 その通りです 」




( まさかこんなことで陛下に出会う事になるとは )
( もっと変な出会いとかしてみたかった )
( こんな普通の呼び出しを、受けるなんて、ね )

11/0305.




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