「 浅葱、朝だよ。って、あれ?いない、や 」
その声で朝、ベットから跳ね起きた。それから、寝巻きだけの状態で、胃のムカムカを感じながら部屋から飛び出すように走った。裸足で。ただ走る。扉をすり抜けて、壁は怖くて出来なかったけれど、自分の身体が点滅する前に誰かに見られる前に、走って、走って、走った。目が覚めたときに、誰かの声が聞こえて『いない』って言われた瞬間に気付いて、靴も履けないのがわかっていたから裸足で、走ってきてみたのに
「 きついなあ 」
いないって断言されるのも。桜色のなかで自分の身体をすり抜けていく花びらも。空気みたいな身体で、ビニール袋みたいに見える体の色の無ささえも、考えるだけでしんどい。まだ体が消えるだけならいいのにね。皆は何処まで私の事を覚えていてくれているんだろう。もうはじめの方は忘れちゃったのかなあ
「 …お前 」
「 ! 」
振りかえるにも振り返りにくくて、向こうが私に気づけても私は知らない振りをしていたい。こんな情けない姿を見られたくなくて、消えかけた体のまま床に爪を立てようとしてすり抜ける
「 ディセンダーの近くにいた、 」
「 …ゲーデ、だよね 」
「 ………、 」
「 今の私、そんなに負に溢れてるのかなあ。君が黙るほどに 」
横目で見ると、ただ私の前に突っ立ったまま呆然と私を見下ろしていた。唖然とした、何もいえないという表情で私をただ見ている。その姿に何か言うにも言えなくて、困っているような戸惑っているような表情で。ありえないものを見たという驚愕の感情さえも忘れたというような顔つきを、私に見せている
「 人間が、憎いんじゃなかったの? 」
「 …ああ、憎い。でも 」
「 ん? 」
「 お前は 」
肩の中を、桃色がひらりと通過していく
「 変だ 」
「 そうだね 」
「 憎い、と言えない。お前は、変で怖い 」
「 うん 」
「 なぜ、負を押さえ込む。なんで負を認める!なんで、俺を、恐れないんだ 」
正直に言えば、君はとても可愛いから。そんな事を言ったらどんな表情をしてどんな顔で私を避けるのかが目に見えているので言えないんだけれども、それを言わずして何と伝えればいいんだろう。邪な心も負にはいるのならば、それは申し訳ないんだけれども
「 この状態の私を見ても、君は私に気持ち悪いって言わないから 」
「 …そんなの理由にならない事ぐらい誰にだってわかる 」
「 理由になるよ。私がそう思えば理由になる。君が私を怖いといっても、私は君を怖いとは思えないし、同じ『人』だもの 」
「 人、だと… 」
触れられないとわかっていながら、私は君に手を伸ばす
「 人だよ 」
「 違う、 」
「 私たちと同じ心を持った『人』なんだよ 」
「 違う! 」
「 否定しないで、受け止めてみよう? 」
「 やめろ、 」
否定的に拒むゲーデに私は何度も何度も手を伸ばす。触れられないと彼もわかっているはずなのに何度も私に触れられないように避けて避けて、怯えるように右腕を振り上げて、私を目掛けて振り下ろし
「 なぜ、だ 」
た、はずなのに。
「 なぜ、お前には 」
「 触れることを拒めば、触れられるわけはないんだよ 」
「 こば、む? 」
「 触れることを、関わる事を嫌がっていたら、触れることも傷つける事もない 」
すれすれで止まるその右腕に色の戻ってきそうな指先を伸ばす。ひんやりとした骨みたいな腕は、ただ震えるだけで。そんなに怖がられてるというのがちょっとだけ、切ない。胸にじわっときそうな感じだ。でも、君が私の指を振り払ったりしないから、
「 怖くないよ 」
「 …っ 」
「 触れることは、何にも怖くない。私は、君がだいすきだもの 」
流れるように吐き出した大好きに、君は苦しそうに顔をゆがめる。
だけど、
「 だいすきなんだよ 」
君も、君のいる世界も、皆も、皆がいる船も、あの子も。世界樹も大好きだって、指先から伝わってくれればいいのに私はそんな事は出来ないただの人間で。口に出さなきゃ伝わりはしないから、口に出して伝えたら
君は泣きそうな顔をして、私を見た( 大丈夫 )
( 何も怖くないからね )
( そう、何度も何度も君に言い聞かせる度に )
( 泣きそうな顔をして私を見つめるんだ )
11/0224.
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