管を出来る限り伸ばして、しゃがみ込んでから蓋を外した。緊急用なのにこんな事に使うなってあとで皆に怒られるかもしれないし、怒られるどころかここから追い出されてしまうかもしれない。だって、皆の優しさに嘘をついて甘えた卑怯者だもの。甘い幻想なんて抱いていたらきっと船長にだって軽蔑されてしまうだろう。でも、おねえちゃんはね



「 緊急用のものをこのように使用してしまい申し訳ありません。声でわかると思いますが、今使っているのは浅葱です。これで聞こえてなかったら泣き笑いものだけど、先に言わせてください 」



各部屋に繋がっているこれにどれだけの人が気付いてくれているのかはわからない。でも、私は言わなくちゃいけないから。



「 ごめんなさい 」



心のどこかで許してくれるだなんて甘い幻想を抱いていて、皆に嘘をついていてごめんなさい。ずっと吐き続けるつもりでした。ありったけの嘘で誤魔化していようと思っていました。だけど、私は弱いからこんな風にしか謝罪が出来ません。



「 私は、皆に嘘を吐いていました 」

「 浅葱さん…? 」

「 浅葱、どうしたんだ?なんで急に謝って、 」




繋がっているどこかからの声。
ざわつき。ホールのざわめきも食堂が静まった音もよく分かる。いつもの元気なアーチェの声とか、食器を置く音だとか、聞いてしまっている音が聞こえるから



「 本当は、記憶喪失なわけじゃありません。この世界の何の関わりもない世界から来てしまった異端者です 」

「 おねえ、ちゃん? 」

「 だから、術をうまく使えなかったり、ルカに新聞見せられてもこの世界の字を知らないから読めなくて断ったり、記憶喪失じゃ示しのつかない事ばかり、だったね 」



背中に聞こえる声にも、どれだけ頭を下げたらいいんだろう。
嘘を吐いた事に対して後ろめたいを通り越して、頭が痛いし、目元も熱くて。口を開いても言い訳がないのに涙がでてしまいそうで。空いている手で目頭を押さえて、ゆっくり呼吸をする



「 剣だって、未だに鞘から抜けないのはそういう生ぬるい世界で生きてきたから。いや、そういう国だったんだ。武器なんて言葉しか知らなくて、護身程度にしか思ってなかった 」

「 浅葱、何でそんな、 」

「 チャットこの船には幾つ、ありましたか 」

「 …わかりません、改造してからまた変わりましたから、 」


「 私は、これを言えなくて。皆の反応が怖くて言えませんでした。だから、嘘を吐いたの。だから立ち入らないようにって、一線引いて、沢山嘘をついた 」



いっぱい、いっぱい嘘を吐いた。



「 皆信じてくれたから、それに甘えたんだ。本当に最低でごめんなさい。記憶は初めからあったし、この世界に帰る場所なんて無いんだよ。だから、もうコソコソと探してくれなくていいからね、チャット。夜更かしなんてさせてごめんね 」

「 浅葱さん、何を、何を言ってるんですか! 」

「 皆の顔をみて直接言う勇気は正直ありません。だって私は弱くて、皆に嫌われるのが、怖い。怖くて怖くて、嘘ついてまで一緒にいたかった 」



跳ね返りの声はまるで糸電話みたいで。細々と響く。だけど、皆の声がしっかり聞こえていて心をチクチクと刺されているみたいで、痛くてくすぐったくて、切なくて。



「 あまりにも暖かい場所だったから、あまりにも優しすぎる場所だったから、 」

「 浅葱、もうやめろ! 」

「 浅葱、もう何も言わなくていいんだ 」

「 嘘吐きがいるには辛い場所だから、 」



廊下を走ってくる声と音が聞こえる。
多分ユーリとかガイとか、あのメンバーだろう。あの人達も私を知りすぎた。知らなくてもいい事も知ってるみたいでたまに悲しくなるくらい。あの人達も、いつでも私に優しくするから、たまに、辛くなる



「 せめて、ディセンダーになろうとしている女の子だけでも信じてくれないかな 」



いつだって、私はあの子の事を考えていた気がする。
あの子に関係する事ばっかり考えて最後にはやっぱり、あの子が大事になって、今だってこんなこと言うくらい。お姉ちゃんはエールがだいすきなんだよ



「 皆がだいすきだから守りたいって思う女の子を、信じてあげてほしいんだよ 」



これだけ言ったら私はこの船を去ろうと思っていた。最後まで嘘をつくのはきっと無理だから、無理があったのだから。本当は最後までいたいし、この子が守ってくれる世界はきっと優しいから



「 おねえ、ちゃん 」



カラン、と手から離れて音を鳴らした先から皆の声が聞こえる。でも、扉から出てきたエールはぼろぼろと涙を落としていて。後ろから走ってくる音は私の腕をつかんで、『馬鹿』と皆、一言ずつ私に暴言を浴びせてくる。その中でただ一人、正面からゆっくりと近づいてきて君は私から逃げ道を奪い取るんだ



( 皆が私に馬鹿って言う中で )
( 一人だけ、君だけがそう言った )
( ぼろぼろと大泣きしながら )
( 幼くて小さなディセンダーが私を抱きしめる )

11/0220.




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