「 わたしね、浅葱お姉ちゃんになりたかったの 」

「 私、に? 」



慰められているのが私なのかこの子なのかわからない会話の中でただ返事を返すだけ。それでもこの子は『私になりたかった』といった。誰かの妹とか姉とかそういう意味じゃない。他の誰でもない、この嘘吐きになりたかったんだって。膝を抱えて膝のてっぺんに顎を置いたまま、そっと目を瞑った



「 お姉ちゃんは、暖かくて優しくて、誰にも甘くて、困っていたり寂しいときに一緒にいてくれる、だいすきなお姉ちゃんになりたかったの 」

「 …うん 」

「 だけど、いつも背中は寂しそうだった 」



背中で語ってしまったのか。それも無意識に。
それでも、ずっと背中を見てきたこの子は、始めから何かに気付いていたのかな



「 寂しいって言ってくれないから、わたしはなにも聞けなかった 」

「 そうだね、 」

「 だから、ディセンダーとして世界を救えば浅葱おねえちゃんは笑ってくれるかなって、寂しくないかなって思ったんだよ。でもね、 」



始めはずっと帰りたいって思っていた。今だって心のどこかで思ってる。家族を生きたまま失うなんて、いっそ死んでくれたら立ち直れるものを違う世界に帰る場所があると知ってしまったら私はその我侭を止められなくて、ずっと考えていた。帰れたら、って



「 カノンノのお話じゃ、ディセンダーは 」

「 …ディセンダー、は? 」

「 世界を救ったら、消えちゃうんだって。皆といられなくなるし、お姉ちゃんといなくなるのだってやだ。皆と一緒にいたい 」

「 うん 」



許されるのならば、私はこのこと変わってあげたい。
でもディセンダーの力はないし、負をマナと一緒にしてあげることは私には出来なくて変わる事が出来ない。代役なんてディセンダーには始めからない。だけど、



「 ディセンダーなんて、やだよ 」

「 皆と一緒にいるほうが楽しいし、皆、大好きだもんね 」

「 うん 」



嫌なら、もっと強く嫌といって。
そうしたらすぐに、この扉を壊してでも君の手をとって



「 でも、この世界がなかったら皆といられない 」

「 …そう、だね 」

「 世界がなくなったら、わたしのだいすきな浅葱お姉ちゃんもいなくなっちゃうんだから。街のおじさんとか皆いなくなっちゃうから 」



おじさんと交流があったとは知りませんでした。お姉さんじゃないんだね。おじさんだったんだね。ちょっとお姉ちゃんはショックというか、変な事吹き込まれたりしてなければいいんだけれど、ちょっと心配になってきた。くそう、この雰囲気の中でどうすれば…!



「 わたし、ディセンダーになるよ 」

「 うん 」

「 皆の笑った顔がだいすきだから、皆のいる世界はあったかいから 」

「 うん 」

「 浅葱お姉ちゃんには、笑っていてほしいから 」



返事が出来なくて、歪む視界に言葉が震える。
何で、『皆』と『世界』。それに『お姉ちゃん』って欄外が出来てるのかなあ。皆と世界だけで君は十分に理由になるのに、なんで私を、書き足しちゃうの?お姉ちゃんは、あなたには沢山嘘をついてるのに、どうして、



「 だからね、ディセンダーになって皆を笑わせたいの。お姉ちゃんが一番最初に笑うんだよ?約束だからね 」

「 エール。あのね 」

「 なに? 」

「 私、皆に謝らなきゃいけないことがあるの 」

「 …それが、お姉ちゃんの寂しい事の原因? 」

「 うん 」



通路についている緊急の連絡用の箱をあけて管を伸ばす。昔の電話みたいなラッパ型のモノに唇を近づける。まだ蓋は開けてないから大丈夫だ。対して聞こえてないはず



「 お姉ちゃんの原因を、そこで聞いていてね 」

「 え? 」

「 君が、ディセンダーになるなら、私は貴女のなりたかったお姉ちゃんでいたいから 」



寂しい理由は、消えるわけじゃない。
帰れるはずなのに帰れない。記憶喪失と嘘をついていたこと、そして、言えばとどまらない事をどうやってまとめようと考える横で、この機関管の蓋をあけずに嘘をつこうかと考えてしまう卑怯な自分が腹立たしくて、怒りが悲しいに変わり始めていた事



( ただ嘘はついてしまうだろう )
( 言いたくない事だってまだ、ある )
( だけど、『君がなりたかったお姉ちゃん』を裏切れないから )

11/0220.




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