扉越しのまま、お腹もあまりの緊張で鳴らない。こうやってちゃんと話を出来たことが嬉しくて微笑んでしまいそうな頬はだらしないしエールは案外落ち着いている事が嬉しくて、笑ってしまう。また少しずつ距離を生めることが出来るから、大事で大切な時間になってくれていることを願って私は、その距離を壊すかもしれない事を唇から吐き出しだ



「 ディセンダー 」

「 …! 」

「 どう思う? 」



ガタン、と向こう側から音がする。一つ解決したから次の問題を解決などすぐに出来るはずはない。多分この子がご飯を食べないと言っていたのは、食堂にいってご飯を食べている間に皆にジロジロと見られて『ディセンダー』という単語に振り回されてしまうのが嫌なんだと思う。ただでさえ『救世主』なんて、責任の塊なのに



「 わかんない 」

「 そっか 」

「 世界を救うなんて、皆言うけれど、わたしはわかんないよ 」



ギルドのお仕事で必死になってあれこれ失敗しながら、薬草を取りに行けばつぶしちゃったりする子が急に世界なんて言われても困るのも当然だ。誰だって急に世界を救ってくれって言われてすぐに頷ける訳がない。私だって、もちろん無理な話で



「 浅葱おねえちゃん 」

「 うん? 」

「 お姉ちゃんは、この世界好き? 」

「 正直なところを言うと、普通。それであって、世界のことはよく分からないんだよね 」

「 …世界の事は、って何か思い出したの? 」



気分は正直、学校行事の修学旅行で夜更かしをしてコソコソ話を楽しむ女の子な感じだ。なによりもそんな可愛らしい会話ではないのだけれども、私の心が絶賛ズタズタパーティが行われそうで、記憶喪失設定があまりにもうっとおしく思う。



「 思い出したんじゃなくて。私は、今出会った人達のことしか知らないから 」

「 …知ら、ない? 」

「 世界っていうと、全部を見てきたみたいで嘘になっちゃうもの。だから、ギルドで出会った人や依頼に来てくれる人、そうだなあ、オタオタとかウルフはちょっと違うけれど、見てきたものしか私もエールも知らないでしょう? 」

「 うん 」

「 世界なんてわからないよ。まだ、私もエールも世界の少ししか見てないんだからね 」



嘘はついてない。出会ったものの事しか私は知らないし、この子もそう。見てきたもの知り合ったもの、聞いた事のあるもの。そのぐらいしか知らない。実際に見たことのないものだって沢山ある。それなのに急に『世界』だ『救世主』だと言われて鵜呑みになんて出来ない。こういうところだけは一緒だ。なんだか、安心できる。
…でも、



「 エールは、ディセンダーになりたい? 」

「 …ディセンダーになったら、 」

「 ん? 」

「 皆、笑顔になれるよね 」



自己、犠牲。
自分がそうなる事で、皆を幸せにしようとしているのなら止めなくちゃいけない。エールがいたことをなくしてはいけない。私じゃないんだから、始めから無かった事にしたら、それはとっても寂しいことになるんだよ



「 エール、 」

「 街の人達も笑って過ごせるのかなあ? 」

「 自己犠牲なんて、しちゃ 」

「 わたしがディセンダーになれたら 」



君がディセンダーになるということはそんなことじゃない。きっと違う意味があるんだよ。だから考え直して。皆の幸せだけ考えて自分を独りぼっちにしちゃ駄目だから、考えて、考えて欲しいの。自分の、エールの幸せも。



「 ディセンダーになれたら、 」



なったら、じゃなくて。願望を呟く声だけが聞こえる。
『なれたら』。そうなれたら皆はどうなるのか。人のことばっかり考えて、人の様子を伺うのは苦手だったはずなのに、いつからかな。いつから、そんな風に思うようになっちゃったのかなあ



「 お姉ちゃんは、もう寂しい顔しないよね 」

「 …なん、で 」

「 独りぼっちみたいな顔、しないよね? 」

「 そんなこと 」



約束が、できない。
私はいつか消えてしまうことをこの子に、言ってないから。言いたくはないから。この子のためならと嘘をついていた私は、この約束に嘘をつく勇気なんて、ない



( 弱い嘘をつこうか )
( 本当を吐いてしまおうか )
( ずっとぐるぐる頭の中で巡って、とまらない )

11/0220.




- ナノ -