まずは一息といったところで、ピオニー陛下が私を見ながら頷く。『ところで』と次の言葉を吐き出すであろうその唇が形どるのを考えながら私は全然違う事を考えていた。『いつこの場所から脱走しようか』ただそれだけのことを何度か繰り返し考えてはいるものの、実際にこの場所にいれば陰険鬼畜眼鏡の事だ。私を見つけてしまうだろうし、彼があの手の甲に書いた私の名前を残しているとすればほとんどの暴挙を思い出されると私としては死活問題だ。それになんか、照れくさい。
「 参加は、できません 」
「 …そうか 」
「 私は、 」
ティーカップから離れた音は
「 『浅葱』はあまりにも忘れられすぎた 」
ただ、それだけを響かせる。名前を忘れられすぎた。ただ、それだけだと人は笑うだろう。だけど去れど名前。私はその響きだけで頼られて生きているようなものだというのにもかかわらず『浅葱』を忘れられてしまえば今までの『存在』も『無』に近い
「 だが、 」
「 陛下 」
無くなってしまったら。
思い出させる必要もない。
「 今、あのネガティブネストが壊れた日からどれほどの日がたちましたか 」
「 丁度3ヶ月、だな 」
「 さんか、げつ 」
なら、今日君は帰ってくるだろう。それならば、そのパーティとやらが始まる前に私は旅でも始めようか。復興を望む村も多いだろう。なら多少は手伝えるし復興仕事の手伝いをしながら立地条件でも探って将来有望物件を立てるのも悪くはない。
「 浅葱? 」
「 陛下、ありがとうございました 」
善は急げ。ジェイドが定期報告とかに来る前にさっさとこの場所をおさらばしよう。誰も知らない場所にいけば私のことを知られていなくても問題はなさそうだし、私も新しい気持ちで色んな人に接する事も出来る。初心忘るべからず。忘れそうなら新しい場所でまた経験すればいい。知らない人がいる場所へ行こう。誰も知らない場所へ
「 ちょ、ちょっと待て、 」
「 はい? 」
「 何処に行くつもりだ 」
ため息だけが私の横を通り過ぎる
「 …『何も知らないお嬢さん』に戻りに見知らぬ土地へ 」
「 帰らないのか 」
「 帰る場所など忘れました 」
私の中だけに思い出が留まればいい。表面上は何も知らなくていい。なにもわからなくていい。誰もおぼえていない振りで十分やっていける。大丈夫だ、嘘吐きなのは今に始まった事じゃない。そう、ゆっくりとドアノブを捻れば
「 陛下、浅葱の件ですが…っ 」
目の前に見慣れた赤い目が私を見ていた
凍りついた空気と私と( 感情のない目でじっと見返すと )
( 彼の赤い目が酷く動揺していて )
( 目の下の隈が前よりも酷く見えた )
12/0228.
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