「 貴女って人は本当に馬鹿なんですねえ 」



月が綺麗な夜。赤い瞳が鮮やかに歪むのを見ながらそんな皮肉を口に出した男は寂しげに笑っていた。後ろを向けば見覚えのある顔があったであろう事はもう分かってはいる。分かってはいるからこそ振り向けない。彼らがどんな顔をして、どんな表情をしているのかを想像などしたくはないし、それがまたこの目の前の男と同じように悲しい顔などしていてみろ。私は軋む心を叫びだしてしまうかもしれない



「 『浅葱』 」



じわりと背中に滲む汗の感覚が気持ち悪い。それを顔に出すわけにもいかないし、だからといって城に戻るにはどちらにしろ彼らの顔を見なくてはならないとすれば先ほど思ったとおり強行突破が私らしいと思う



「 聞き覚えはありませんが…何でしょう、それは? 」

「 …そうですか。陛下はこの言葉を口にはしませんでしたか 」

「 え? 」



この嘘が、いつかばれる頃には



「 この先は危ないですよ 」

「 どの道を通ろうが、安全はありません 」



私は、新しい『浅葱』になれているだろうか
踏み出す一歩がおかしなほど震えるのにどこか暖かいその赤に親指に力を込める



「 振り返れば助けはあります 」

「 それは、ただの甘えでしょう 」



散々迷惑をかけた挙句さらに迷惑をかけることなど私には出来はしないと分かっているくせに相変わらずの意地の悪い発言だ。ジェイドは変わらないのかもしれないけれど、彼と私の間にあるわずかな記憶は悲しいほどに薄っぺらでいままでの事など覚えていてくれやしないはずだ。だって、



「 今、私の手をとることも出来ませんか 」



いつものジェイドなら、そんな優しい言葉を皆の前でかけるはずがないんだから



「 知らぬ人の手を借りるほど、やわな小娘じゃありません 」

「 …そう、ですか 」

「 それに、 」



闇夜の影に足を下ろす。振り替えれはしないその呼吸に、今にも動き出しそうな彼の後ろの青年達に何を言う訳でもないけれど私に使う時間をもっと違う事に使えばいいのにとか。今のうち可愛い女の子でも捕まえるいい時間だろうとか。すごい余計な事ばっかり考えてしまうんだけれど



「 皆のことが好きだから私は行くんだ 」




( 心が揺れそうになる )
( だけど、 )
( 足を止める影も術もなく )

12/0522.




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