足を止めて手のひらを広げた時に目に映る赤とまた血豆が潰れた痕が見えた。この世界に着たばかりのときとは違う手にたった数日でなってしまったものだなと自傷的に笑うだけで、目からはぽろぽろと得体の知れない涙が零れ落ちる。人を斬った。ただその事実だけがのしかかるのが辛くて。手にわずかに残るその感覚をじわじわと脳が記憶していくのが恐くて、手先が震えたまま収まらなくて、何度息を飲み込んでも何度言い聞かせようにも、上手く言葉が出なくて植木の間に挟まるように体を丸め込んで目を瞑った



「 ったく、こんなところにいたのか 」

「 ! 」

「 常磐、もう大丈夫ですよ 」



優しい二つの声に涙の止まらない目をあけるとピオニーもフリングス将軍も優しい笑みを浮かべて私を見ていた。そんな目を見ても思い出すのはどんな話を読んでも人を殺さなかったり、人を殺しても後悔をしてふさぎこんでしまう人達の話の事。でもその人達は色んな形でそれを受け入れたのに、私はそれが上手く出来なくて息苦しくて



「 …ピオニー、怪我は、 」

「 ちょっと手のひらが切れちまっただけだ。お前が心配するような事じゃないぞ 」

「 フリングス将軍は、 」

「 捕らえるのに頬を切ってしまいましたが、無事です 」



血の固まった手のひらを見せたピオニーとまだ切れたばかりの頬を指差したフリングス将軍をみながらまた鼓動が騒ぐ。首の左側が熱い。あまりの熱さに片手で星晶のあたりを押さえるとじわりと伝わる熱を感じながら、もう片手でピオニーの手のひらに指を伸ばすと青白い光が宿って、消えた。



「 傷が、消えた? 」

「 常磐は、治癒術が使える?でも、この間剣術の指導をしたばかりでそんなことはなにも、 」

「 …念のためだが、アスランの頬の傷も治せるか? 」

「 …わからない、けど 」



戸惑うように伸ばした右手にフリングス少将が目をそらすもので、首をかしげながら指先で傷口に近づけると青白い光が傷口に沿って走り、私の指先へと帰っていく。一体なんなんだろうこれ。ファーストエイドとはまた違うような気がするが、傷口を治す事が出来るという点については、治癒術と一緒…?



「 治すと常磐の体の返っていくって事は、常磐の中にあるマナが俺達の傷を治してるのか? 」

「 私の治癒能力はマナじゃなくて自己治癒能力だから、使われないマナがほかの人を癒すって事? 」

「 可能性はありえるな 」

「 陛下。常磐の治癒能力がマナではないとは、どういう… 」

「 お前、説明してなかったのか 」

「 省エネ主義なものでして 」



他意はありません。とばかりの態度の私にピオニーは頭を抱えるように抑えてから苦笑した。そりゃそうだな。とばかりの笑い方に私の頭の上に手を伸ばしてぽすん、と大きな手が私のちっぽけな頭の上で優しく動く



「 無理させて悪かった 」

「 …そんな、 」

「 まさか、あのタイミングでお前が来るとは思わなかったし、正直あんなことになるとは思わなかったが、 」



びくん、と肩が揺れてしまうのだけはうまく隠せなくて。未だに植木の間に体を押し込んだままの私は三角座りのままで二人の顔を見た。まるで悪い事をしでかした子供のような体制の私を二人は見るなり、笑いを堪えるような顔をして肩を揺らしている。というか笑われている。確実に笑われているんだけど。なんで?そんな雰囲気じゃないでしょうに



「 何で笑うの、 」

「 いや、常磐って見た目以上に素直だな 」

「 確かにそうですね。相手になれた頃にすごく素直になってますよ 」

「 私、人を殺したのに、 」



震える唇で吐き出した言葉に二人は顔を見合わせて、



「 死んでいません 」



そう、フリングス将軍が呟くように私に微笑む。どういうことなんだろう。あの時確かに私はあの人を斬った。真っ黒の衣装を身にまとった怪しい人物を確かに。手に残る感触が一番わかっていることだし、



「 致命傷に、いたらなかった、ってこと? 」

「 違うぞ。あれは魔法の剣なんだ 」



魔法の剣、ってなんですか。
12/0921.




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