Heart:10


「人の敷地内を荒らすな」

撃ち合い(高尾くんは撃ってないけど)の間に割って入る、気だるそうなそれでも絶対聞き漏らすことのなんてありえない通る声。わたしの耳が拾ってしまうのか、彼の声がそうさせるのか。どきりとしだした心臓を抑え込み、木の背後からそろっと顔を出す。

「?!」
「”余所者のお嬢さん”が怖がってんだろ?」

音も立てずに目の前に迫られていて、おまけに髪の毛を掬われる。嫌な狡猾的な笑みと馴れ馴れしい態度に、腕をおもいきり振り落としてしまった。

「あっその…」
「…ほんとこんなじゃじゃ馬だなんて誰が想像するかよな?」

強気な態度で出過ぎたと焦ったものの特に男の癇に障った様子はない。謝りそびれたが、こんなわけも分からず人の顔見て口元歪ませる”帽子屋の領主”になんか謝罪する必要なんてないのかも。


「アリスごめん、ごめん!でも怪我してねーだろ?」

相変わらず軽い調子の高尾くんは剣呑な空気をはらませるわたしにお構いなしの様だ。彼の空気にのまれて、いつまでもカリカリしている自分がばからしくなってきた。

「もういいわ、さっさと時計塔に向かいましょう」

ぴくり。薄笑いから一転、わたしの発言に彼らの眉が歪む。高尾くんは気づいていないのかフリなのか、そんな彼らとは対照的にはーいと呑気な声が上がる。


「時計塔…?」
「あんなとこになんのようだ?」

目的地につっかかってきた。彼らの様な野蛮な趣味をお持ちの方々には無縁な”中立地帯”。よほどここより安全なはずなんじゃないの?と、今度はわたしがムッとした雰囲気を出したのを察したのか、今度はわざとらしく爽やかに笑ってきた。

「まぁいい。送ろう。」
「えっ、は?悪いわ!今度は大丈夫よ。」
「また迷子になられて敷地をうろつかれるなんてたまったもんじゃねーからな。聞いてるかハートの騎士」
「それくらい許せよ〜迷惑かけてねーだろ?」
「…庭に撃ちこまれた弾丸拾ってくか?」
「撃ったのはソコの部下だぜ?」


へらへらと笑いながら歩く高尾くんは既に明後日の方向に歩き出していて、慌てて裾をひっつかんだ。縄で縛り付けて引っ張りたい。

さっきまでのピリピリとした空気は霧散し、思ったよりも落ち着いて歩き出しているのは、おそらくこの”帽子屋”が直接わたしたちを送ると言い出したからだ。

正直言って彼を信頼するとかしない以前に、視覚の情報がまっさきに入ってくるせいかきちんと判断が出来ない。
別人、とわかっていてもなにせ顔が瓜二つなのだ。意識が一瞬で、”彼”だと錯覚する。これで性格まで一緒だったら絶対に惑わされる。

目鼻は勿論、輪郭もそう。長めの前髪や口元。もちろん、嫌な笑い方をしていない、口元。”彼”はあんな笑い方はしなかった。





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